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第62話:(ジュリアンSide)国を揺るがす奇跡の光

今、私の目の前で、凄まじい閃光が奔った。

世界が異常なほどに濃密なマナで満たされる、一切の無駄がない、洗練され尽くした不思議な光。

その直後、幻想的に輝く淡い光の粒子が、さらさらと空間を覆うように舞い降りていった。


しばらくすると、私のいた講堂のあちこちで、クラスの生徒たちが一斉に騒ぎ出した。

「……おい、腕の古傷が完全に消えているぞ!?」

「頭痛が……痛みが、どこにもない……!?」


口々に広がる、信じがたい奇跡の感覚。一体、何が起きたというのだ。

今年からこの高等部に編入してきたという、例の神殿の『聖女』セレスティーナ・ブラン――。回復や癒やしといった神聖魔法を広範囲に行使できる可能性があるとすれば彼女しかいないが、彼女が何かしたのだろうか。


その瞬間は、その程度の疑問を抱くに留まっていた。しかし、結果から言えば、その日一日はあの光のせいで、国家を揺るがす激動の一日へと変貌することとなった。


次の時間の授業が終わり、昼休憩に差し掛かる直前のことだ。

私の手元にある、王城からの緊急連絡用魔道具が、いくつも重要報告を吐き出し始めたのだ。

王都の至る所で、まったく同時に「病人が一瞬で完治する」といった大規模な奇跡が発生したこと。そして、我が校に編入したばかりの聖女セレスティーナに関する至急の身辺調査依頼。――それも、他ならぬ我が父、現国王からの直々の強い要請であった。


一体、何が起きた。あの光は前例のない規模の魔法と思われ……とにかく、尋常ではない異常事態が、この王都全域で同時に発生したことだけは断片的にだが理解できた。


ちょうど、午前中の授業終了を告げる合図の鐘が鳴り響く。

私は授業の正式な解散を待つことすらできず、即座に席を立ち、セレスティーナのいる教室へと足を向けた。

教壇の近くで、初日の授業テキストを鞄へと片付けていたセレスティーナの姿を見つけると、私は彼女の正面に立ち、極めて厳かに声をかけた。


「急ぎ、少し話をさせてもらいたい。セレスティーナ嬢。……先ほどのあの光、そして今、王都の各所で起きている同時多発的な奇跡は、君が起こしたものなのかな?」

「え? 王子様……? わ、私なんぞに一体何の御用でございましょうか」


突然の私の出現に激しく驚き、深々と頭を下げて恐縮している彼女の態度を見て、私は自分が食い気味に問い詰めてしまったことを内心で反省した。努めて穏やかな微笑みを浮かべ、声を和らげる。

「頭を上げておくれ。言葉遣いも、私に対しては一切気にする必要はないよ。……それで、改めて聞きたい。あの光は、君の仕業かい?」


すると、セレスティーナはゆっくりと顔を上げ、少しだけ緊張の解けた表情で首を傾げた。

「あの光……ですか? ああ、さっきの授業の前の、あのぶわーっとしたやつ、ですよね?」

「そうだ」

「あれは、私ではないですよ。あれは、フィリアちゃんが起こしたものです」

「……フィリア・レオンハルト?」

「はい。王子も、彼女をご存じなのですか?」

「もちろんだ。彼女を知らない人間は、もうこの学園には一人もいないよ。それほどの影響力を持った少女だ。……それで、具体的に何が起きたのか、君の視点から詳しく教えてもらえるかい?」

「ええと、神聖学の授業を終えた後に、担当の先生の――」

「エリアス先生、だね」

「そう、エリアス先生と私が、教壇のところで少しお話ししていたんです。そしたら、フィリアちゃんが急に『私も聖女になって先生に指導してもらう』って言って講堂に入ってきて……。その瞬間に、あの光がぶわーっと一瞬で広がったんです」


――そうだったのか。

なぜ、私はその可能性に最初から気がつけなかったのだろう。己の見通しの甘さと未熟さに深い口惜しさを覚えつつ、私は脳内で思索を巡らせた。

今すぐここで話を切り上げて、フィリア嬢のいる場所――十中八九、隣の神聖学準備室だろう――へ向かうか。あるいは、エリアス先生を直接問い詰めるか。……いや、まずは『聖女』としての目線から、セレスティーナ嬢に状況を聞かせてもらう方が遥かに得策か。


「あの光が一体何だったのか、君の目から見て何か分かることはあるかい?」

「ええと、多分ですけれど、回復とか治癒とか、そっち系の神聖魔法を極限まで広範囲に展開したものだと思います。……ねえ、貴方たちからも何か補足はある?」


貴方たち? ああ、そうだった。神殿の報告書によれば、聖女である彼女は周囲の精霊と直接の対話が可能なのだったね。彼女は誰もいない空間を見渡しながら、一人でうんうんと何度も頷いていた。

「ええと……私の守護精霊たちも言っています。『あんな広域の魔法、私たちがいくら頑張ったって不可能だ』って。まあ、でも、フィリアちゃんならそれくらい普通にできちゃうのかなー、とは思いますけれど」


フィリアちゃんなら、できる。


「君は、フィリア嬢とは以前からの知り合いなのかな? 差し支えなければ、君が知っている彼女の情報を、もう少し詳しく私に共有してもらえると有り難いのだが」

「はい。私たちの目から見ても、フィリアちゃんという存在は、凄すぎて何をやっているのかさっぱり理解できない『何か』です。あの圧倒的なマナの扱いは――」

「……一旦、そこまでにしよう」


気がつけば、私たちの周囲に他の学生たちの耳目が集まり始めていた。フィリア・レオンハルトの案件に関しては、以前の魔法演舞(ミスティック・ワルツ)で父に大目玉を食らったのだ。慎重になる必要がある。

下手をすれば国家の最高機密になりかねない規格外の情報を、このような大勢の人間が盗み聞きできる環境で喋らせるわけにはいかない。

「セレスティーナ嬢、申し訳ないが少し場所を変えさせてもらいたい。お昼の貴重な休憩時間を奪ってしまって心苦しいが、個室への移動に付き合ってもらってもいいかな?」

「はい、もちろん大丈夫です」

彼女はすっと立ち上がると、制服のスカートの裾に軽く手を添え、王族に対する丁寧な一礼をして見せた。


学園内のラウンジの一室を臨時に借り受け、部屋の扉の前には私の直属の近衛護衛と執事を立たせて、完全な警戒態勢を敷く。室内には、セレスティーナ嬢と私の二人だけ。


「うら若きレディを、このような男との密室に二人きりにさせてしまって申し訳ない。だが、事態は一刻を争うんだ。改めて協力してほしい。セレスティーナ嬢、君はフィリア嬢とお知り合いなのかな?」

「はい。以前、大神殿の講堂で何度かお見かけして、そこでお昼ご飯を食べながらちょっとだけお話ししました」

「では、聖女としての君の目から見て、フィリア・レオンハルトという少女は、一体どのように映ったのだろうか」

「そうですね……。一言で言えば、物凄い力の持ち主。言うなれば『化け物級』ですね。私が逆立ちして、一生かかっても絶対に及ばないレベルです。本来、私たちが直接干渉し得ないはずの自然界の『微精霊』たちが、なぜか彼女の周囲にだけ、異常なほどの高濃度で靄のようにきらきらと充填されているというか……」

「彼女の、周囲にだけ……ですか」

「あ、いえ、もう一人だけ例外がいました。エリアス先生の周りでも、まったく同じ現象が起きていましたよ。ただ……エリアス先生に関しては……うーん、うまく言えないのですけれど。多分ですけれど、本人は完全に『無自覚』というか……」

「……つまり、フィリア嬢の側が、エリアス先生に対して魔術的に何かを仕掛けていて、エリアス先生自身はその異常事態にまったく気づいていない、ということかい?」

「確証はないですけれど……私の直感や相棒たちの声を総合する限りでは、多分、そんな印象を強く受けますね」


エリアス先生が何か特殊な指導をしたのかと思ったが、そうでもないのか?


「では、君はフィリア嬢のその異次元な力の源泉が、何であるかをご存じだったりしますか?」

「そうですね……。気になったので一度、彼女に直接その魔法のやり方を聞いてみたことがあるんですけれど、さっぱり理解できなくて。確か、『箱の中に赤い玉と白い玉がいくつか入っていてー』みたいなことを言っていました」

「赤玉と、白玉……?」


本当に、彼女たちは何を言っているのだろうか。だが、あの理解を超えた天才のフィリア・レオンハルトならば、それくらい奇怪な独自の理論を展開していてもおかしくはない、という妙な納得感が私の中に生まれてしまった。


「――君には、彼女と同じことは再現できない。という理解でいいかな?」

「はい。聖女としての格、みたいなものがあるとすれば、私なんて彼女の足元にも及びませんよ」

「聖女としての格で言えば、私なんて彼女の足元にも及びませんよ」

「聖女としての格、か。……つまり、フィリア嬢も君と同じく、精霊と直接対話できる存在なのだね?」

「ええと……それは、彼女との約束なので……」


分かりやすすぎるほどに回答をはぐらかしたな。ということは――ほぼ間違いなく、フィリア・レオンハルトもまた、我が国に百年に一人現れるかどうかの『聖女』の素質を宿している、ということか。だが、もう少し明確な確証が欲しい。

私はテーブルをとん、と人差し指で軽く叩き、圧力をその瞳に込めて彼女を見つめた。


「セレスティーナ嬢。先ほどの光は、王都全域に同時多発的な治癒の奇跡を起こした。これは我が国の歴史上、類を見ない重大案件だ。だからこそ、王家の名にかけて、君の知ることをすべて話してほしい。」

「うっ……う、うーん……。フィリアちゃんと、誰にも言わないって約束したし……」


もう一押し、王族としての強制力が必要か。

「ならば、これは我が国の王太子からの、公式な命令であると受け取ってもらって構わない。それほどまでに大事な話なんだ」

「う、うわぁ……。分かりました、言います! ……ふぅ……彼女も私と同じように、精霊たちの声が直接聞こえるって言っていました。現に、私と相棒たちと会話していた内容を、彼女は横で聞き取っていましたから。……あぁ、フィリアちゃんごめん、許してッ! 王子、これは絶対に他所の人には内緒ですよ!」

「それは約束はできない。この国の王太子という私の立場上、少なくとも我が父である国王にだけは、この事実を絶対に報告しなければならないことだけは理解してほしい」

「はい、わかりました……」

「で、他にフィリア嬢に関して、精霊たちから聞いたことなどはあるかい?」

「あとは……うーん、守護精霊の格? としては多分、私の相棒たちの方が力強いとは思いますし、相棒たちもそう言っています。守護精霊そのものは、実は至って普通の子という感じでした」

「……守護精霊の格は、君の方が上。にもかかわらず、君は彼女には逆立ちしても勝てない。ということは……その規格外の力の源泉は、精霊ではなく、彼女自身の方にある、ということかい?」

「多分、そういうことなんだと思います。私の相棒たちも、まったく同じことを呆れながら言っていました。『これは精霊の差じゃない。セレスティーナとあの子の差だ』って」

「……なるほど。他に知っていることは?」

「そうですね……あとは、うーん。多分それ以外は、私じゃなくても見て分かるようなことばかりですよ。もの凄い人見知りだったり、変なところで急にくすくす笑ったり、ちょっとぶっきらぼうだったり……」

「分かった。貴重な情報をありがとう、セレスティーナ嬢。君の国家への多大な協力に、心から感謝するよ」


役目を終えたセレスティーナ嬢が、静かに部屋を退出していった。


一人残された私は待機させていた執事にペンと紙、それに王家の刻印などの手紙一式を急ぎ手配させると、その話から色々なことを思索した。


フィリア嬢は、もともと『聖女』としての素質を持っていた。しかし、その力の源泉は、精霊の神秘によるものではなく、フィリア嬢という一人の少女そのものにある――どういうことだろうか。


以前、私のもとに届いた騎士団からの報告書――「魔獣十匹が音もなく一瞬で消滅した」という、現場の騎士たちが揃って首を傾げていた不可解な報告。

先ほどのセレスティーナ嬢の話と照らし合わせるならば、噂通り「白鹿の女神の奇跡」、ほぼ間違いなく、フィリア嬢の仕業に違いないだろう。


王都全体を癒やす光。音もなく魔獣を消滅させる力。聖女セレスティーナをして『化け物』と言わしめる才能。

これは、個人の感情で扱ってよい案件ではない。

そう判断したところで、私は以前の失敗を思い出し、言葉を止めた。

「いや、まずは父への報告が優先。個人での判断は避けねば」


執事から手紙一式を受け取ると、今日セレスティーナから聞いた内容を急いでしたため、早馬で父へ直接報告するように指示を出した。

そして、私はまた急ぎ、神聖学準備室へと足を向けた。


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