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第57話:(フィリアSide)久々の先生と記憶を覗く罪悪感 part.1

今日は、とうとう決行の日を迎えようとしています。

新しく開発した『先生の頭の中を覗き見る魔法』。今日は、それを実際に先生ご本人で試す日です。


ただ、この魔法には問題が一つだけありました。遠隔での発動が、理論上不可能だということです。

対象である先生に直接触れた状態で、その体内のマナに直接干渉し、脳にあると思われる記憶の領域を読み取る――。極めて繊細な術式操作が必要だということが、自分自身を被験者にした実験から分かっていました。

そのため、私は「いかにして誰にもバレずに先生に接触するか」という犯行計画を、裏で緻密に立てることにしたのです。


まず、先生に一切気づかれることなく、接触した状態を維持する必要があること。

そのためには、先生にはしばらくの間、眠っていてもらう必要があります。

先生に眠ってもらうこと自体は、そこまで難しいことではありません。

『睡眠魔法』を先生に使えばよいだけで、その術式発動も、以前に開発した「先生の部屋の温度調節魔法」の隠蔽技術を応用すれば、発動を悟られる心配はまずないでしょう。


次に、先生が眠っていても誰にも怪しまれない、安全な場所でこれを発動させる必要があります。

となると、やはり行き着く先は先生の部屋……なのですが、警備の都合上、今は学園の男子教員寮に移ってしまったその部屋へと、外部から潜り込まなければなりません。

事前に部屋番号などは監視魔法で確認済みでしたので、どこへ向かえばいいかという迷いはありません。

問題は、誰にも見つかることなく男子寮の厳重な玄関を突破し、先生の部屋へと忍び込むこと。

さらには、忍び込んだ先で、万が一にも先生に私の存在やマナを感知させてはいけないこと。

ここには、かなりの魔術的な工夫が必要でした。


普通の『認識阻害』程度では、目にマナを込められる先生やジュリアン王子のレベルの特殊な人間が相手だと、違和感を見破られてしまう可能性があります。

だからこそ、より高度な『完全隠蔽型の認識阻害魔法』の開発が絶対条件でした。

実は、ここの術式構築に一番の時間を費やしたのです。

ただ自分のマナを周囲から隠すだけだと、その空間だけマナの密度が不自然に途切れてしまいます。ですから、私の周囲の空間を、確率的な振る舞いをする微精霊のようなマナで偽装充填しつつ、自然界と完全に同調した状態を保つのには相当に苦労しました。

姿見の鏡の前に立ち、自分の姿が完全に空間へと溶け込んでいることをこの目で確認できるようになるまで、優に一か月以上の月日がかかってしまいました。


ですが、そこまで準備ができてしまえば、後はただ決行するだけです。


三月中旬の魔獣討伐レイドから帰宅して迎えた、今日の朝。先生が部屋の鍵をかけていないことは、精霊達(みんな)のログと、目視から確認済みです。

久しぶりに出た学校の授業が終わると、私は即座に女子寮の自室へと帰宅し、早めの夕食を摂ると、すぐに先生の監視魔法を展開して現在の位置を特定しました。

幸いにして、先生はまだ神聖学準備室に一人で残っていました。

今日は、私以外の他の生徒を部屋に招き入れている様子もなくて、胸の奥が少しだけほっとしました。

それはいいとして、まずは潜入です。


自分の部屋の中で、完成したばかりの強化版認識阻害魔法を自らにかけ、私は女子寮をこっそりと抜け出しました。

私の身辺を警護している護衛の騎士の方々には、私がまだ部屋の中で静かに過ごしていると錯覚してもらう必要があります。

こっそりと女子寮の門番の横をすり抜け、少し離れた場所にある男子寮の正門、そして警備の騎士の目と玄関を堂々と潜り抜けて、私は先生の部屋の中へと静かに忍び込みました。


――本当に、久しぶりに足を踏み入れる、大好きな先生の聖域。


懐かしい先生の匂いを鼻腔いっぱいに吸い込むと、嬉しくて、愛おしくて、自然と唇から笑みが漏れてきます。

そして、それと同時に、楽しかった先生との様々な思い出や、会えなかった長い期間の耐え難い寂しさが一気に押し寄せてきて、目から涙がぽろぽろと溢れてきてしまいました。

きっと、もし今ここに鏡があって、自分の顔を見ることができたなら、とっても変な表情をしていることでしょう。


それにしても、私が毎日のように通っていた頃のあの荒れ果てたゴミ屋敷状態と比べると、驚くほど小綺麗に片付いている部屋でした。一瞬、「本当にここは先生の部屋なのだろうか」と心配になってしまったくらいです。

でも、壁の予定表カレンダーにピン留めされたあの不器用な『決意表明』の張り紙と、そのすぐ下の棚に、私が以前持ってきた小さなクマのぬいぐるみが大切に飾られているのを見つけて――ああ、やっぱりここは私の大好きな先生の部屋なんだって、心から安心することができました。


時計の針は、夕方の十七時三十分を指しています。

だいたい先生が寮に帰宅するのは、いつも十九時頃。そこからは、ひたすらに張り詰めた待ちの時間でした。

とりあえず、私は先生のベッドの上へと飛び込み、そこに置かれていた枕を胸にぎゅっと抱きしめました。

シーツに残る先生の匂いに至上の幸せを感じつつ、網膜の監視魔法で、学校にいる先生の様子をずっとリアルタイムで観察していました。

愛しい人がいつも使っている布団に身を包まれながら、その大好きな人の帰りを、暗闇の中でこっそりと待つ。

本当は、昔みたいに美味しい料理を作ったり、溜まった洗濯をしたりして帰りを待っていてあげたかったな、と思うと少しだけ寂しくなって、私は抱きしめた枕にさらにぎゅっと力を込めました。


静まり返った小さな部屋の中、緊張と興奮と罪悪感が入り混じり、私の「どくどく」という激しい鼓動の音だけが、ずっと室内に響き渡っているような……そんな不思議な時間。

最初は先生の部屋のことばかりに気が向いていましたけれど、時間が進むにつれて、もし万が一魔法がうまくいかなかったときのリカバリープランの策定や、事前の脳内シミュレーションへと頭のリソースのすべてが割かれていき、私はベッドの上からぴくりとも動けなくなっていきました。


そして――網膜の向こうの先生がようやく席を立ち、神聖学準備室の重い鉄のドアに鍵をかけた瞬間。私の鼓動は、一気に高鳴りの速度を増していきました。

一歩、また一歩と、こちらの寮へと近づいてくる先生を監視しつつ、私はベッドから音もなく降りて、部屋の入り口から死角になる壁の隅へと移動しました。


そんな実行直前になって、ふと、「もし失敗してしまったらどうしよう」という猛烈な恐怖が頭をもたげました。

もし万が一、この男子寮の部屋に私がいることが先生や他の誰かに見つかってしまったら、それこそ何の言い訳も通用しません。

何より、こんなことをしていたのだと知られたら、先生に間違いなく心から嫌われて、軽蔑されてしまうかもしれない。

そう思うと、凄まじい恐怖で全身の血が引いていくのを感じ、指先ががたがたと震えてきました。

それでも、それでも、私は先生の本当の気持ちを知りたい。先生が私のことをどう想ってくれているのか、その本心を感じたい。――だから私は、今この場所に立っているのだと。自分自身の弱い心を必死に奮い立たせながら、寮に近づく先生を見続けました。


先生が寮に入り、階段を上ってくる足音が聞こえてきます。

私は網膜の監視魔法を完全に停止し、代わりに、自身に展開している認識阻害魔法の出力を最大へと引き上げ、万全を期して息を殺しました。


かちゃり、とドアの鍵が開く音が響き。

次の瞬間、私の世界で一番愛しい先生が、そこに姿を現しました。


ばたんと入口のドアが閉まる音が終わると、「おかえりなさい」という、喉の奥まで出かかった愛おしい言葉を、私は必死の思いで噛み殺しました。

久しぶりに間近で見る本物の先生は、以前よりも少しやつれたような、ひどく疲れたような表情をしていました。

その大好きな姿を前に、私は嬉しくてまた涙が出そうになってしまい……。だからこそ、その感情がマナの揺らぎとなってバレてしまう前に、私は素早く、無詠唱で先生の全身へと睡眠魔法を展開したのです。


愛しい先生は、手に持っていた鞄を床へと落とすと、自らの顔に手を当てたまま、ふらふらと力なくベッドの方へと歩みを進め――。


そのまま吸い込まれるように、シーツの上へと深く倒れ込んだのでした。


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