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第55話:(フィリアSide)存在の証明と、貴方の一番になりたくて

残念ながら、大神殿での私のお仕事は、何一つうまくいきませんでした。

私の魔法を解析して誰もが使えるようにするという建前の計画も、結局は、私の身の回りにいる精霊たちが「極めて特殊である」というだけの、中身のない報告書で締めくくられてしまいました。先生に教えていただいた大切な数学のお話も、神殿の人たちには何一つうまく伝えてあげることができませんでした。


そうして大神殿でのお仕事を事実上クビになった代わりに、今は騎士団の演習訓練に参加することになりました。

年明けに行われるという大規模な魔獣討伐のレイド作戦に私も組み込まれ、前衛の皆さんに対して、広域の強化魔法をかける役割を担うことになったみたいです。

言われた通りにうまく立ち回れるか、正直なところ自分でもよく分かりません。……けれど、それでも。先生が周囲から少しでも「立派ないい先生だ」と思われるように。皆が私を一人の自立した大人として扱ってくれるように。そして、私が先生の側にいても、もう二度と誰からも文句を言われないようにするために、私はやるしかないのです。


そんな具合で、ただ目の前の予定をこなす日々ですが、私の胸の奥は、常に張り裂けそうなほどの苦しさと激しい焦りに苛まれています。

先生に会えないということが、これほどまでに恐ろしいことだとは、思いもよりませんでした。

私という存在が、大好きなエリアス先生の日常の周りからどんどん消えていって、それが当たり前の「日常」になりつつあることが、これほどまでに辛いとは思いもしなかったのです。


魔法で先生の日々を覗き見していると――先生の一人暮らしは、それなりにうまくいっている様子でした。

ここ一、二か月ほどのことですが、先生はカレンダーのメモ通り、ちゃんと三日に一度の洗濯をこなしています。

かつて私がいつも繕ってあげていた、あのお気に入りの穴の空いた靴下も、自分でさっさとゴミ箱に捨ててしまって、もう部屋には残っていません。自分で洗濯のローテーションを回せるようになってしまったから、必要がなくなったのです。

部屋のゴミも、指定の日にちゃんと自分で集積所へと捨てに行っています。

コーヒー豆も自分で買ってきて、毎朝、不器用ながらも自分で淹れて飲んでいます。

食事は相変わらず少し不摂生なところもありますけれど、最近は学園の食堂を頻繁に利用するようになったらしく、私がいなくても、以前よりは栄養のあるものを食べているようでした。


……でもそれは、私にとっては、とても、とても、怖いこと。


私は、ダメな人間です。

人と普通に話しすることも、多くの人と一緒に何かをすることも苦手で、怖くなるとすぐに自分の世界へ逃げ込んでしまいます。

大神殿のお仕事だって、本当は途中から逃げていました。最後の一か月ほどは、行くには行っても、魔法で先生を眺めたり、新しい魔法や数学のことを考えたりしているだけで、実質ほとんど何もしていませんでした。



そんな、世界のどこにも居場所のないダメな私でも、唯一、何の恐怖もなく安心していられる場所。

モノクロだった世界が、一瞬にして鮮やかに色彩を取り戻す場所――それこそが、エリアス先生のすぐ側でした。

ただの出来損ないの私が、私のままでそこにいてもいいと許される、世界でたった一つの場所。

先生のそばにいられることは、私にとって人生の本当の救いであり、最高の幸福でした。


けれど、私はいつも先生から幸せをもらってばかりで、振り返れば、いつだってわがままを言って迷惑ばかりをかけていました。

だからこそ、私にできる数少ないこと――部屋のお掃除や、お洗濯、お料理といった日常の身の回りのささやかなお世話だけは、私が先生の隣に居続けてもいい、存在理由でした。

先生が私に甘えて頼ってきてくれる。それだけが、大好きな人に対して、私という人間の存在価値を証明できる数少ない、私の心の拠り所でした。


なのに。私という存在が隣にいなくても、先生の生活は、何の問題もなく綺麗に回り始めてしまった。

もう、エリアス・ヴァン・アリスという一人の男性の日常の中から、私、フィリア・レオンハルトという存在は、消え去ってしまったのではないか。

その冷酷な事実が、ただただ怖くて、苦しくて……。私はその絶望の事実に、がたがたと怯えて震えることしかできません。


今すぐあの人に会いに行って、同じ空間にいたい。あの人の人生の中に、私という存在をもう一度だけ受け入れてほしい。

けれど、今の私が我慢できずに会いに行けば、大好きな先生を再び危険に晒してしまう。「教え子に手を出す不道徳な教師だ」という最悪のレッテルを貼られて、先生の未来を殺してしまう。


私が一刻も早く立派な大人になって、少しでも社会の役に立って、「エリアス先生はこれほど素晴らしい生徒を育てた、立派な先生なんだ」と誰もに認めてもらわなければ、私はあの人の側にいることすら許されない。

だから、どんなに胸が引き裂かれそうに辛くても、今は会えなくても、私は頑張らなければならないのです。


けれど……。私がどんなに頑張り方をしたところで、もし、先生がもう私を「必要」としてくれなくなってしまっていたら――。こんなことを頑張る意味すら、最初からすべて失われてしまいます。


だから、思ったのです。

もっと、もっと、先生のすべてを知らなくちゃいけないのだと。


先生は何を思っているのだろうか。

何を考えているのだろうか。

どんな風になりたいのだろうか。

私という存在を意識してくれているのだろうか。

私は今のままでいいのだろうか。


私の網膜に映る先生だけじゃ足りなくて、もっともっと知らなくちゃいけない。

心の奥底の、記憶や感情までも知って、貴方の一番でいたい。


だから目下、周囲の精霊達(みんな)と、そんな新しい魔法の実験を何度も何度も繰り返す、そんな日々を過ごしているのでした。


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