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第53話:(セレスティーナSide)二人の力と秘密の約束

「えーっと……」

「…………」

「どうして、あなたの周りの精霊たちは、そんなに特殊……なのかな?」

「…………」

「精霊さんたちも、私の声が聞こえているなら、お返事してほしいなー、なんて」

「…………」

『おいおい、誰も何も話してくれないぞ』

「だよねー……。あぁぁぁ、もうっ!」

「……ふふ……えへへ……」


……ん? なぜこの子は、今このタイミングで小さく笑ったのだろう。ちょっと私にはよく分からない。


私は今、周囲の精霊たちの動きが物凄いことになっている不思議な銀髪の少女――フィリア・レオンハルトさんの前に座って、必死に会話を試みていた。

とっても小柄で、まるで小学生の女の子のように見えるけれど、驚いたことに私と同い年らしい。

神殿の研究チームからの依頼で、「あの子の周りにいる精霊がどのような性質のものなのか、直接対話して色々と聞き出してほしい」と言われて用意された席だった。


「あぁ、やっぱり昨日と同じで、何一つ話してはくれないね」

「フィリア君。君の側からも、何か答えてはもらえないだろうか」

「はっ……ええと、その……こ、答えようが……ない、です……」

「まぁ、普通はそうよね。精霊が見えているから自分が特殊だって周囲から思われているだけで、本人は自分が特殊だなんて気が付かないものだし」

私は頭を抱えてしまった。

「やっぱり、昨日報告した以上のことは、正直、私にも私の相棒たちにも分かりませんね」

「やはり、聖女の目から見てもよく分からないか。……協力ありがとう。一旦、午前中の調査はこれでおしまいにしよう」

「はい。ありがとうございました」

「…………」


大人たちがゾロゾロと退室していく中、彼女の執務室には、私と女の子の二人だけが残されてしまった。

フィリアちゃんも静かに席を立つと、持参してきたお弁当の袋を取り出し、テーブルの上に乗せてお昼ご飯を開始しようとしていた。


「えーっと! フィリアちゃん、って呼んでもいいかな? 改めまして、私はセレスティーナ…‥ブラン! セレスティーナって呼んでね。よろしく!」

そう言って私が勢いよく右手を差し出すと、彼女はビクッと肩を跳ね上げ、少し怯えたようにこちらを見つめたまま固まってしまった。


『あーあ、まーたビビらせちゃったよ』

『ガサツな田舎者が急に大声で話しかければ、そりゃお上品な貴族令嬢は固まりもするわなー』

「誰がガサツでビビらせの達人だってのよー!? 全くもう……あっ」


ついつい声に出てしまい、私は慌てて両手で自分の口を塞いだ。

またフィリアちゃんを怖がらせてしまっただろうか、と冷や汗が出たけれど、彼女は少しだけ困ったように苦笑いしながら答えてくれた。


「ええと……その、ごめんなさい。ビビっているわけじゃなくて……。単純に、どうしたらよいか分からないだけ……です」

そう言うと、彼女は手元に広げたお弁当の蓋をそっと開けて、昼食を摂り始めようとした。


「すごっ! そのお弁当、めちゃくちゃ美味しそう! もしかして、フィリアちゃんが自分で作ったの?」

「ええと……ええと、は、はい……」

彼女は私の目を見ることもせず、ひたすらに下を向いたまま黙々とお弁当を食べ進めていく。

その様子は、なんだか小さなリスが一生懸命にどんぐりをかじっているような、妙な可愛らしさがあった。


「ねぇ、私たち、同い年なんだって。この神殿には同世代の友達が一人もいなくて、私、ちょっと寂しかったの。もし迷惑じゃなければ、もう少しここでお話しさせてもらっても良い?」

日頃の勉強づめの寂しさもあって、何となく甘えるように声をかけてみたのだけれど、彼女はやっぱり少しだけ怯えた様子で、

「えっ……えっ……その……う、上手くお話しできなくても良いなら……はい。どうぞ……」


「やった! それじゃあさ、フィリアちゃんって、普段はどんなことして過ごしてたりするの? 好きなこととか、最近ハマっていることとか、何かある?」

「え? ……そ、そんなこと聞いて、い、一体なにを……」

「何って、純粋にフィリアちゃんがどんな人なのか知りたいだけだけど……。え、変かな?」

「い、いえ……おか……しくない……でしゅ……」

「あはは! そんなにカチコチに固まらなくて大丈夫だよ。別に取って食べたりしないからさ」

『え? 違うの? 食べないの?』

『セレスティーナは大食いモンスターだから、てっきりこの可愛い子をご飯ごと丸呑みにするのかと思ったわ』

「私はそんな化け物じゃないっての……!」


私は心の中で、すかさず相棒の精霊たちに鋭いツッコミを入れた。


「……べ、別に、そんな食べられるなんて思ったりは……。あ、す、好きなこと、ですよね……。ええと、ええと、大好きなこと……」

そう言って、十秒くらいフリーズしたまま宙を見つめていたフィリアちゃんだったが、突如、ぽつりとボソ声で呟いた。

「……好きな人、なら……」


「好きな人!? もしかして、彼氏がいるの!?」

私は一気に興味が湧いてしまい、思わず上半身をテーブルの向こうへとグイッと乗り出してしまった。

「え、ええと……その、彼氏とかでは……。でも、私にとって、とても、とても大事な人です……」

「家族とか?」

「いえ……家族よりも……もっとずっと大事な人です。今は、私の片思い、ですけれど……」

「そっかー! 片思いかー、でも良いなぁ。恋かぁ……。私もどこかに格好良くて良い人、落ちてないかしら」

『お前には一生無理だって。ガサツだし』

『お前に惚れられたら、それこそ相手の男がかわいそうだわ』

「だ、大丈夫ですよ……。その、セレスティーナさんは、とっても美人、だから……」

『外面だけな』

『それな』

「あはは……。美人って言ってもらえて嬉しいわ、ありがとう」


フィリアちゃんは、そのまま再び下を向いて、黙々とお弁当を食べ始めてしまった。

……うーん、会話が続かない。何となく予想はしていたけれど……やっぱり極度の内気な子だから、仕方が無いのかなぁ。

『ほーら、セレスティーナがビビらせたー』

『あーあ、完全に怯えさせちゃったぞー』


「ええと……セレスティーナさんのせいじゃなくて……。純粋に、私がどうしたら良いか分からないだけ、なので……。その、ごめんなさい……」


突如、目の前で深々と謝られて、私は少しビックリしてしまった。

「どうしたの? 急に謝ったりして」

「あ、ええと、その……私のせいで、セレスティーナさんが、その……悪く言われてしまって……。その、本当にごめんなさい」

「悪く言われて……? ……ん?」


その瞬間、とてつもない違和感が私の脳内を襲った。

この子は今、何を言っているのだろう。誰が私のことを悪く言ったって?

今のは、私と相棒たちとの――。


「……もしかして、フィリアちゃん。君、私たちの会話が『聞こえて』いるの?」


フィリアちゃんはハッとした表情を浮かべると、一瞬にしてその顔を真っ青に染め、ガタガタと全身を震わせ始めた。

「えと……ええと……だ、誰にも、このことは言わないで……ください……っ」


小さく丸まって震え出し、その瞳にうっすらと涙を浮かべているフィリアちゃんの姿を見て、私はふと、自分の昔のことを思い出していた。


「うん、分かったよ。誰にも言わない。……私もさ、昔、それで色々と不気味に思われて、馬鹿にされたりしたわ。嫌よね、変な目で見られるのって」

少しの静寂が流れた後、フィリアちゃんはまだ震える声のまま、私に問いかけてきた。

「……その……どうして、その……セレスティーナさんは……周りの人が、怖く……ないんですか……」

「怖い、って思うときもたくさんあるわよ。でもさ、それでも私は私だし、この子たちだって、口悪いけれど私にとっては大切な相棒だし。気にしても仕方が無いのかなー、って」

「気に……しない……って、どうしていいのか、わ、わからない……です。私も、精霊達(みんな)のことは大好きだけど……。それでも……やっぱり怖い。変な奴って思われたら……先生がそれで、私のことを相手にしてくれなくなったら……」


ちょっと周りの目を気にしすぎじゃないかな、とは思ったけれど、まぁ、周りからガサツと言われる私とは違って、この子は本当に繊細で内気な性格なのだろう。何となく怯えてしまう気持ちも分かるような気がした。


「わかった。この事は絶対に誰にも言わない。約束するよ」

私が笑顔で小指を差し出すと、フィリアちゃんも恐る恐る、その白くて小さな小指を私の指に重ねてくれた。

「あ……ありがとう、ございます……」

ちょっと困ったような表情のままであったけれど、ようやく彼女の口元に微かな笑みが浮かんでくれて、私は一安心した。


「あ、でもね! その代わりと言ったらなんだけどさ! どうやってその、周りにいる微精霊のぶわーーーって輝くやつをやっているの? 簡単にでも良いから教えてくれないかな。滅多に他人を褒めない相棒たちが、揃いも揃って『すごい!』って大絶賛していて、私、ちょっと興味あるんだよね」

「あー、ええと、これは……微精霊たちの確率的な振る舞いを利用して、その相互作用を……。あ、ええと、その前に、まずは『確率空間の定義』からしっかりとお伝えしたほうが……」

「ちょっと待って、かくりつ? くうかん? ……ん? どういうこと?」

「あ、そっか……。そもそも確率の概念から……。ええと……先生がたしか、ええと、まず箱の中に白い玉と赤い玉が……」


その後、お昼休憩が終わるその瞬間まで、私は一生懸命にフィリアちゃんの話を聞いてみたのだけれど――結果として、彼女が何を言っているのかは、最初から最後までさっぱり一ミリも分からなかった。

なんで、箱の中から赤いボールを当てる宝くじの話が、あの微精霊がぶわーーーって輝く事にどう繋がるのだろうか。


フィリアちゃんと別れて、午後の授業へと戻る道すがら、大神殿の敷地を小走りで駆けつつ、相棒の精霊たちに尋ねてみた。

「ねぇ、フィリアちゃんの言っていたこと、あなた達は分かった? 私はさっぱり意味不明だったわ」

『……まぁ、一応はね』

『お前と違って、彼女の言っている理屈は理解できたよ』

「本当!? じゃあさ、あなた達にお願いしたら、私にもフィリアちゃんと同じぶわーーーってやつとか、七色の魔法が出来るようになる?」

『それは絶対に無理だ』

『セレスティーナ自身が理解できていない事を、マナとしてこの世界に出力することは不可能なんだよ』

『まぁ、簡単に言うと、お前みたいな馬鹿には不可能ってこと』

「本当に、一言余分よ、あなた達は……っ! はぁ……。でもやっぱり、フィリアちゃんって本当に凄い子なんだ。連れている精霊たちは、そこまで強そうな格には見えなかったけれど」

『うん、格の強さじゃない』

『ぶっちゃけ、セレスティーナじゃなくて、あっちの女の子の守護精霊になりたかったわ』

「うーん……そうハッキリ言われると、流石に軽く凹むわよ……」

『ごめん、ちょっと言い過ぎたよ』

「まったく、変なところだけ素直なんだから…」


聞き慣れた相棒たちのいつもの暴言だったけれど、実際にフィリアちゃんと対話してみて、私と彼女という人間の『知性の差』とでも言うのだろうか、そんな人としての格の違いを肌で感じてしまっていた。


「あー、もう! ぐだぐだ考えても仕方ない、午後からの座学もちゃんと勉強しよう!」


私は宝くじの赤いボールの話を無理やりに脳内から追い出し、午後の授業へと頭を切り替えて、教室のある建物へと駆けていった。


「あ、そういえば、お腹空いたなぁ……って、お喋りに夢中でご飯食べるのすっかり忘れてたわ!」

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