第51話:(フィリアSide)ただ貴方を守りたくて
「……ですので、フィリア様。エリアス先生との個人的な接触は、少なくとも年内は全面禁止とさせていただきます」
護衛の騎士の方からそう告げられた瞬間、私の頭の中は、真っ白に染まってしまったのでした。
大好きな、私の愛してやまない唯一の人に、もう会えないということへの絶望。
何より、私のせいで大好きな先生の身を危険に晒してしまったという自責の念があまりにも重く、ただ息をするのすらやっとでした。
『先生を危険な目に遭わせるような悪い子は、もう先生から愛してもらえなくなる』
そう思うと、目から勝手に涙が溢れてきてしまって……。
けれど、それを今、この場所で見せてしまったら、「フィリアを泣き虫に育てた不甲斐ない師匠だ」と、先生がまた周りの人たちから笑われてしまうかもしれません。
だから、だから、私はこの涙を必死に堪えて、せめて自分の部屋に帰ってからいっぱい泣くんだと、そう自分に何度も言い聞かせて、その日一日の残りを必死に頑張りました。
一日の終わり、ようやく寮の自室に足を踏み入れた瞬間。まるで私の涙腺なんて最初から壊れていたかのように、涙が堰を切って溢れ出しました。
隣の部屋の人に迷惑がかからないように、布団の中に深く潜り込み、枕にしがみついて、小さな声を絞り出すように、いっぱい、いっぱい泣きました。
自分のしでかしてしまった取り返しのつかない大罪が怖くて、先生に嫌われて見捨てられてしまったのだと思うと悲しくて、本当に私の世界は終わってしまったのだと、その夜はずっとずっと泣き続けました。
翌日、新学期の初日。二年ほど前に神聖学準備室へ通うようになってからは初めて、私は学校も大神殿もズル休みをしてしまいました。
一晩中一睡も眠れず、胸だけでなく頭までずきずきと痛んで、何も考えられないのに、ただただ布団の中で残酷に時間だけが過ぎていく、そんな一日でした。
その翌日も、同じように学校と神殿をズル休みして、ずっと布団の中に閉じこもっていました。
さらにその次の早朝、静かな部屋に「ぐー」と情けないお腹の音が響き、自分がひどい空腹で、喉もからからに乾いていたことに気がつきました。一体、何十時間ぶりのことでしょうか。私はようやく、重い身体を引きずって布団の外へと這い出ました。
コップに水を注いで、一口、二口と飲むと、今飲み込んだばかりの水がそのまま目から溢れていってしまいそうになりました。だから私は、何か楽しいことや、嬉しい記憶を思い出そうと必死に頭を巡らせました。
――まだ薄暗い暁の朝、私のお腹の音を聞いた先生が、私のためだけにハニートーストを作ってくれた、あの優しくて幸せな思い出。
少し硬くなってしまったパンと、冷蔵庫の中にあった冷えた牛乳を使って、あのときの宝石のような思い出の再現を試みてみました。
焼き上がりは少し不格好で、先生が作ってくれたあのときの輝きには到底及ばない、ちょっと歪なハニートースト。その味は、蜂蜜の甘さもあり、私の涙のせいでひどくしょっぱくもありました。
お腹が少しだけ満たされて、ようやく頭がまともに回るようになってくると、改めて、私がただ泣いて無駄に過ごしてしまった「二日間」という時間の重さが、恐ろしい現実味を帯びて迫ってきました。
私がこうして部屋に引きこもり、ただ泣いていただけの間に、先生は誘拐されてしまったかもしれない。もしかしたら、もう殺されてしまっているかもしれない――。
そう考えた瞬間、私は居ても立っても居られなくなり、精霊達へと呼びかけました。
「精霊達……お願い、時間がないの。私に力を貸して。この場でこの瞬間に今の先生をそのまま感じられる魔法を……今すぐにでも完成させないと、私は……!」
そこからは、外界から完全に遮断された部屋の中で、みんなとの開発の時間が始まりました。遠く離れた場所にいる先生の守護精霊の固有マナを、ここから直接どうやって特定するか。そこに周囲の微精霊たちのマナを幾重にも重ね合わせ、その膨大な『複素行列』の演算をいかにして破綻させずに収束させるか――。私は寝食を完全に忘れ、何度も、何度もトライアル・アンド・エラーを繰り返しました。
少しでも、先生のいる世界を疑似的に再現できるように。先生の生きている光景を、この目に焼き付けて、二度と離さないようにするために。
そこから何時間が経過したのか、あるいは何日が経ったのか、正直なところ私にはまったく記憶がありません。
ようやくそれらしき術式が完成し、魔法の光の向こうに、無事な姿で生きている先生をじっと眺めていたときのことです。部屋のドアを開けて、女性の護衛騎士の方が血相を変えて無理やり入ってきて……私の身体をがたがたと激しく揺さぶっていたことだけは、うっすらと覚えています。
でも、私はただ、網膜に映る先生の無事な姿を直接この目で見られたことに心から安堵してしまい、そのときはとにかく、ひどい眠気と疲労が押し寄せてきて……。
私は、大好きな先生の残像を胸に、また少しだけ眠ろうと……思った……の……で……す…………。




