第46話:(フィリアSide)会えない寂しさと会わない覚悟
放課後に大神殿へ行くようになってから、二週間が経ちました。
大好きな先生に会える時間は、もうお昼休憩のわずかな間だけになってしまいました。
でも、文句ばかりは言っていられません。
私のわがままのせいで先生が悪く言われ、その立場を危うくしてしまったのですから、その責任は私が取らなければなりません。
先生はよく、「正しい教師でいたい」「君に外の世界で活躍してほしい」という思いを語ってくれます。
だから、大好きな人の思いに寄り添うために頑張るのは、ごく当然のことなのです。
でも――やっぱり、大神殿での研究は、辛いことばかりです。
私が一生懸命に説明をしても、皆さんは「よく分からない」と首を傾げるばかりで、どう話ししていいのか分からなくなって……。だんだん、うまく話せなくなってしまいました。
関数や、マナの時系列を波として捉える確率的な概念といったことは神殿でも当たり前だと思っていましたが、首を傾げられるばかり。
先生に教えてもらった大切なことを何とか伝えようとも努力しましたが、どうしても理解してもらえませんでした。
どうして分からないのだろう、と思ったのですが……やはり、私の伝え方が下手だからなのでしょうか。
でも、「やっぱり先生は教えるのが上手かったんだな」と思うと、胸の奥が少しだけ嬉しくなります。
私にはできないことを、私の大好きな楽しい数学を、とてもわかりやすく教えてくれた先生には、とっても感謝しています。
ちなみに、今は以前と変わらず女子寮の部屋で暮らしています。何だかんだで貴族の子女が集まる王立学校の女子寮は安全だから、という理由で、ここに住み続けるように言われました。
ただ、その代わりに女性の護衛騎士の方々が、ローテーションで私の身辺警備をすることになりました。
別に、私の『認識阻害』や『強化魔法』を使えば、何が起きても一人で簡単に逃げられるのに……。護衛なんて、本当に無駄なことだと思います。
「はぁ……どうしてこうなってしまったのでしょう……」
部屋の監視魔法を展開して先生の部屋の様子を覗きながら、ずっと返せないままでいる、結果的に盗んでしまったとも言える先生の下着に顔を埋める、毎日の繰り返し。
私が部屋に行けなくなってからは、案の定、先生の部屋は洗濯物やゴミが溜まっていく一方です。
お昼休憩のときに、「洗濯、そろそろ溜まっていますよね?」と優しく声をかけてみても、「あー、うん。そろそろ頑張らないとね」と言うだけ言って、結局家に帰っても何もしない毎日。
まあ、そんな風にだらしがないところも、先生らしくて、とっても可愛くて、私の大好きなところなのですけれど。
放課後に会えなくなってしまった分、お昼ご飯だけでなく、晩ご飯のお弁当も私が作る日を増やしたりもしています。
そうすると、お弁当箱と一緒に、部屋の洗い物だけは何とか二日に一回くらいのペースでやってくれるようになりました。
先生の行動ログを観察しながら、精霊達と「あーでもない、こーでもない」と明日は何を作ろうか議論するのはとても楽しいですが、やっぱり、同じ空間で一緒に過ごす時間が少なくなってしまったのは、寂しくて辛いです。
最初は、先生がいなかった昔の頃を思い出して、「あの静かな日常に戻るだけだ」って、他人が怖いのに少しだけ我慢すればいいだけだって、そう自分に言い聞かせていました。
けれど……ダメですね、人間というものは。
一度、あんなに色鮮やかな世界を見てしまうと、今の灰色の景色の放課後が、途端に物足りなくなってしまうのです。
他人が怖いだけならいくらでも我慢できましたが、胸の奥がきりきりと痛むような寂しさや、先生が部活の後輩たちと仲良くしているのでは……といった嫉妬の感情を我慢するのは、私にはとても難しいです。
会えなくなった分、先生との心の距離まで離れてしまったような気がして、その不安な気持ちにどうしても蓋をすることができません。
放課後も、先生に温かいコーヒーを淹れてあげたいな。
一緒にお茶を飲みたいな。
先生の洗濯をしてあげたいな。
同じ空間で、お互いに好きな本を読んで、たまに言葉を交わして、そんな時間を過ごしたいな。
朝ご飯を作ってあげたいな。
一緒に買い物に行きたいな。
部屋をお掃除して、先生から「ありがとう」って言ってもらいたいな。
もっと、もっと――先生の匂いを、身体を、声を、その存在のすべてを、すぐ身近で感じていたい。
そんな強烈な寂しさに押し潰されそうになると、先生の部屋でベッドに押し倒してもらえた瞬間のことを思い出して、どうにか心を鎮めています。
私の人生の中で、一番近くで、一番激しく、一番強く先生の熱を感じられた、大切な瞬間。
「どのみち部屋に行けなくなるのなら、あのとき、先生の身体を強く抱きしめて、絶対に離さなければよかったでしょうか……」
でも、その「もしも」が仮にあったとして、先生の思いに反する形で無理に愛してもらったとしても、それが本当の幸せではないことくらい、私にだって分かっています。
だからこそ、私がしっかりと頑張って、先生にちゃんと大人として認めてもらって、改めて私だけを見てもらって、それで愛してもらう。
そのために、どんなに辛いことにも耐えて、会えない時間を乗り越えて、また先生の隣に行かねばならないのだけど――。
そんな、会えない寂しさと、会わない覚悟の間を、私の心は毎日何度も行ったり来たりしています。
「ねえ、精霊達……どうしたらいいかな……」
寂しくてたまらなくなって周囲の精霊たちに相談すると、みんな一斉にたくさんの意見を私にくれます。
「今使っている水晶じゃなくて、先生の守護精霊が持っている固有のマナ波形を、座標系に直接組み込んでみる? うん、それならやれるかな……」
「この間作った『光の打ち消し合い』を応用して局所結界を張れば……神殿でのお仕事中でも、誰にもバレずに先生のことを見ていられるよね!」
会えない分。話せない分。触れられない分。
私にできる、ほんの小さな魔法の工夫で、少しでも先生を身近に感じられるようにして、今日も私は自分の気持ちを紛らわせています。
最近は、ずっとそんな日を過ごしているのでした。




