第43話:弟子を功績を寂しく感じてしまった
魔法演舞の午前の部が終わり、ちょっとした騒動が起きていた。
会場の出口を抜けると、エントランス付近に大勢の人だかりができていた。
私は関係ないと思い通り抜けようとしたが、その中心から聞こえてきた声に、背筋が凍った。
「君! さっきのは凄かったよ! 一体どんな術式を展開したんだい?」
「ぜひ、名前を教えてほしい!」
私は嫌な予感を覚え、慌てて人だかりをかき分けた。
真ん中には、案の定、すっかり固まって下を向き、がたがた震えているフィリアの姿があった。
白いローブを羽織り、演舞で祈りを捧げたあの神秘的な姿そのままで。
私を見るなり、フィリアは涙目を擦って駆け寄り、私の背中の後ろに隠れて、シャツの袖をぎゅっと握って離さない。
そのあまりに子どもっぽい様子に、周囲の大人たちは一様に唖然としていた。
「すみません、私はこの子の指導教官です。この後、まだ反省会が残っておりますので、この場は失礼させてください」
私はフィリアの手を掴み、半ば強引に人だかりを抜けようとした。
「ちょっと待ってください! 先生、あなたの名前も――」
「すみません、王都新聞の者ですが――」
再び囲まれそうになった瞬間、周囲の声がふっと遠のいた。
フィリアが、無詠唱で広域の『認識阻害』をかけたのだ。
困惑する記者たちの声を背に、私たちは会場の外へと駆け出した。
「助けてくれて、ありがとうございます……。それと、私、がんばりました!」
人けのない場所に出るなり、フィリアは怯えた顔から一転、「うんと褒めてほしい」と言わんばかりの満面の笑みで見上げてきた。
「あー、うん。褒めてあげたいけど、一旦はやるべきことに集中しよう。荷物はまだ控室かい?」
私がそう言うと、彼女はあからさまに不満そうな顔をして唇を尖らせた。
「せっかく、真っ先に先生のところへ来たのに……」
「家に帰るところまでが魔法演舞ですよ」
「なんですか?それ」
疲れた顔ながら、嬉しそうにくすくす笑ってくれた。
控室前で待ち構える記者たちの横を認識阻害ですり抜け、荷物だけ回収して足早に帰路についた。
今日の大魔法もそうだが、この認識阻害の精度も信じられないほど上がっている。
理論だけでなく実装技術でも、すでに私を大きく追い越し、国家レベルの注目を集めるようになってしまった天才少女。
その凄まじさと同時に、致命的な『危うさ』を改めて痛感する。
「フィリア、今日はもうおしまいかい? ジュリアン王子たちと反省会の約束は?」
「特に何も言われていませんし、控室にも王子はいなかったので、帰って大丈夫です」
「わかった。じゃあお昼を食べて――」
「先生の部屋に行きます。や・く・そ・く、ですからね!」
その強固な覚悟の瞳に見つめられると、よくないことだとは分かっていても、ついつい押し負けてしまう。
「一週間も放課後に会えなかった分、先生に話したいことがいっぱいあるんですから!」
「あー……うん、わかったよ……仕方がない……か」
私が折れると、フィリアは私の腕をぎゅっと抱き込み、心底嬉しそうに足取り軽く歩き出した。
「それじゃ、一緒に帰りましょう!」
私の部屋に着くなり、フィリアは子犬のような態度で見上げてきた。
「家に帰るまでが演舞、でしたよね! もう帰りました! わたし、ちゃんとできていましたか? いっぱい褒めてくれますか?」
「あー、うん、本当によくできていたよ……」
頭を撫でてやると、子犬のように目を細めて喜ぶ。しかし、ふと私の顔を見上げた瞳に、不安の色が混じった。
「先生、あまり嬉しそうに見えません……。やっぱり、私、ダメでしたか……?」
途端に、ひどく叱られた子どものような、今にも泣き出しそうな表情になってしまう。
「ううん、そんなことはないよ。素晴らしかったよ。ただ……あまりにもできすぎてしまったからね。それが結果的によかったのかどうか、今の私には分からないんだ……」
「できすぎ、てしまった……?」
私自身、何と答えるべきか、とっさに言葉が出てこなかった。
「あー……うん。まずはお腹が空いたから、お昼ご飯を食べようか」
私はソファに腰掛け、買ってきたサンドイッチをテーブルに並べた。
フィリアは少し曇った表情のまま、手慣れた様子でお湯を沸かし、コーヒーを淹れてくれる。
何も言わなくても進んでいく、この阿吽の呼吸のような生活感に、どことなく心地よさを感じてしまう。
コーヒーを淹れ終えたフィリアは、マグカップをテーブルに置くと、私のすぐ横にちょこんと座った。
「それで……できすぎたって、どういうことですか? 気になって、お昼ご飯を食べる気になれません」
「あー……うん、そうだね……。フィリア、あの魔法、一体どうやって発動したんだい? あの範囲で、あの規模の強化をほぼ無詠唱で撃てる人間なんて、世界中を探しても数えるほどしかいない」
フィリアは少し考える素振りを見せ、すらすらと理屈を話し出した。
「基本は、先生に教わった数学の応用です。精霊間の情報伝達を圧縮・簡素化して、小さな入力で巨大な出力を得られるようにしました。考え方は一年以上前に二人で議論した話ですし、ロジック的にはそこまで難しくないので、先生もよくご存知だと思いますけど」
「それは……そうだけど。理論上できることと、現実の魔法として『実装』できることの間には、途方もない隔たりがあるんだよ。普通はそんな人間、存在しないんだ」
「でも、私にはできてしまうというのが正直なところで……」
強い口調で問い詰めてしまったため、彼女は責められていると思ったのか、顔が暗く沈んだ。
「あー、ごめん。君を責めているわけじゃないし、君の存在がおかしいなんて言うつもりも毛頭ないんだ」
「いえ……私も、うまく論理的に説明できなくて、ごめんなさい……」
改めて思う。本当なら、これは手放しで称賛すべき快挙なのだ。
これを機に、フィリアの名声は国家の枢機にまで轟くだろう。国にとっても社会にとっても、彼女は大きな役目と功績を得る、圧倒的な立場へと一気に駆け上ってしまった。
私が前世でも今世でもなれなかった「特別」な存在。それへの嫉妬……では、断じてない。むしろ、フィリアの才能を本当に誇らしく思う。
では、私は一体、何がそんなに不安なのだろうか。
その達成の規模感と、フィリアの精神的な子どもっぽさの、あまりの不一致。そして、そんな彼女を『これからも守ってあげられるのか』という不安。
なんとなく、私の手の届かない遠いところへ、フィリアが完全に離れていってしまうのではないか。
それは、一人の教師として絶対にあってはならない、ただの子どもじみた我儘であり――醜い『独占欲』だ。
「あー! もう、そんなこと今から気にしても仕方がないな!」
私は両手で頬をぱんぱんと叩き、自分にできる精一杯の笑顔を作った。
「改めて、今日のフィリアは凄かった。君を指導してきた身として、これほど嬉しいことはないよ。今日はいっぱい君を褒める。だから、不安な顔はもうやめにしよう」
それを聞いたフィリアの顔に、ぱぁっと明るい笑顔が戻った。
「それじゃあ、今日はいっぱい私のお願いを聞いてくださいね! まずは一週間分の数学の質問をいっぱいしたいです!」
「うん、楽しみにしてるよ」
私の心の奥底に、どこか黒く引っかかるものを残しながらも。
まずはこの、一週間ぶりの、二人だけの小さな祝勝会を楽しむこととした。
PS.ローゼンクヴィストおめでとう




