第40話:(ジュリアンSide)天才との関係を築くために
二月に新生徒会長として生徒会を立ち上げてから、三か月。
私の代の中等部生徒会は、極めて順調だと言える。
優秀なメンバーが揃い、私が細かく指示を出さずとも機能する。
トップが方向性を示せば、あとはそれを適切に解釈し、自発的に動いてくれる組織。
私の仕事が退屈なくらいに、皆がしっかりと己の役割をこなしてくれている。
これこそ、私の考える理想形と言えた。
ただ、その中で唯一の例外が、フィリア・レオンハルトである。
もっとも、私は最初から彼女に実務的な「役割」など期待していない。
『白鹿の女神』という最強のカードを生徒会が手中に収めている、その事実こそが重要なのだ。
この三か月、フィリアには週に一度の会議に参加してもらっているが、場にいるだけで、自分から口を開くことはほとんどない。
保護者であるエリアス先生にお手本として同席してもらってはいるが、機能しているとは言い難い。
唯一口を開いたときも、「学校の仕組みそのものを変えれば済む話です」と、根本から卓袱台をひっくり返す意見だった。
理屈の上では正しいが、ルールがそう簡単に変えられたら苦労はしない。
この「社会の当たり前」が抜け落ちているところも、彼女の個性であり、あの規格外の才能の源泉なのかもしれない。
とはいえ、このまま彼女をただの飾りにしておくのは、いささかもったいない。
「それでは、次の議題です。今年の中等部の『魔法演舞』へ、生徒会からの推薦枠を一名決める必要があります」
「ふぇっ!?」
私の進行を遮るように、突如として裏返ったような驚きの声が上がった。
メンバー全員の視線が、声の主である小さな少女、フィリアへと向かう。
「どうしたんだい? フィリア嬢」
「……ええと……な、なんでも……ない……です……」
その驚きも当然だろう。私が候補者名簿の筆頭に、彼女の名前を紛れ込ませておいたのだから。
彼女に「生徒会としての実績」を担わせたいことに加え、私の率いる派閥にこの天才が所属していると学内外に誇示するのは、王室にとっても悪くない。
さらに私自身、この演舞を通じて、フィリアとの「良好な関係」を構築し直す必要があると考えていた。
「この候補者の中で、誰がいいといった意見がある人はいるかな?」
名目上「私が推薦した」ことは伏せ、あくまで生徒会の合意という建前で、私は会議全体に広く意見を問うた。
「私は、フィリア・レオンハルト嬢がいいと思います。昨年の王冠陣奪戦でのあの強力な神聖魔法を見ましたから。演舞でも、十分に圧倒的な活躍を見せてくれるはずです」
「私も、同感です」
「異議なし」
私の思惑通りの完璧な流れだ。
だが、当の本人は、今にも泣き出しそうな顔面蒼白の表情で俯いている。
横に座るエリアス先生も、どこか渋い顔をしていた。
ここを無理やり多数決で突破するよりは、一度回り道をして、外堀から埋めた方がいいだろう。
「ですが、当然本人の意思も尊重すべきでしょう。――フィリア嬢、魔法演舞に参加していただけますか?」
彼女はわずかに口を開いたが、そこから完全に硬直して押し黙ってしまった。
「あの、一応、フィリアを指導している身として、発言させてください」
「どうぞ、エリアス先生」
「フィリアは、その……大勢の人前に立つことを極端に苦手にしていまして。仮に出場したとして、演舞として他者を魅了できるかについては、疑問が残ります」
無理もない、至極真っ当な懸念だ。部活動の挨拶で気絶した件も耳に入っている。
「わかりました。この件は、一度私が引き受けましょう。フィリア嬢、エリアス先生、この会議の後に少し時間をいただけますか?」
「わかりました」とエリアス先生が答えた。
会議後。私は他のメンバーが退室するのを待ち、神聖魔法の天才二人に声をかけた。
まずは、エリアス先生の『心配』を解消することが肝要だろう。
「改めて、フィリア嬢に魔法演舞に出ていただきたいと考えています。ですが、先生の仰る懸念も把握しております。ですので、フィリア嬢には、基本的に『強化の神聖魔法』を発動していただくだけで済むよう手配したいのです」
「と、言いますと?」
「私と、もう一名の有能な騎士が彼女の強化魔法を受け、我々が前面に出て演舞を行う。それなら、いかがですか?」
驚いた顔をするエリアス先生。
「ジュリアン王子、自ら出るのですか?」
「はい。彼女に苦手なことを強いるのですから、私もその負担やリスクを共に背負うのは、生徒会の上に立つ者として当然の判断です」
「フィリア……できそうかい?」
そのエリアス先生の譲歩の言葉で、私は第一関門はクリアしたと確信した。
「すみません、エリアス先生。一旦、フィリア嬢と二人きりで話をさせてもらえませんか」
エリアス先生が退室すると、私は俯いたままのフィリア嬢に、怖がらせないよう、しかし確実に心に響く言葉を選んで語りかけた。
「フィリア嬢――君は、エリアス先生が好きかな? 尊敬しているかい?」
肩が明らかにびくっと反応し、「……はい」とぼそりと零した。
「私も、エリアス先生は素晴らしい先生だと思うし、尊敬しているよ。でもね、その尊敬する先生に、『演舞として他者を魅了できるかは疑問がある』なんて、言わせたままで本当にいいのかい?」
フィリア嬢は涙を浮かべ、首をふるふると横に振った。
「だから、私たちで証明してみないか。君はちゃんとできるんだって。エリアス先生が思っている以上に、君は優秀で、いい弟子なんだってことを」
その言葉に、彼女は初めて顔を上げ、私の目をまっすぐ見た。
「君がこの舞台で頑張れば、エリアス先生は君をもっと評価してくれる。それに、演舞で活躍した君を立派に育て上げた指導教師として、エリアス先生自身の評価も大きく上がるんだ。だから――」
「やります……わたし……」
私が言い終わる前に、力強い承諾の言葉が漏れた。
「うん、ありがとう。一緒に、先生にいいところを見せよう。今日は外で待っている先生のところへ行っておいで」
彼女は確固たる覚悟を決めた顔で立ち上がり、振り返ることなくドアを飛び出していった。
ドアの外から「先生、私やります」という弾んだ声が聞こえてきて、私は内心で深く安堵した。
共に戦い、困難を乗り越えたという経験は、確実に人間同士の絆を強くする。
この魔法演舞を、彼女にとってかけがえのない大事なものにしてやらなければならない。
私と彼女の間に構築されるその繋がりこそが、私がこの国を背負って立つときの、計り知れないほど大きな価値となるのだから。
優秀な人材との繋がりを強固にし、この国を大いなる繁栄へと導くこと。
それこそが、私に与えられた王太子としての使命なのだ。




