第38話:部活の顧問として仕事をしてしまった
放課後、フィリアは神聖学準備室に入ってくるなり私のもとへ歩み寄り、少し困った顔で謝ってきた。
「今日は……その、ご、ごめんなさい……。先生を、部活にいっぱい巻き込んでしまって……」
「謝る必要なんてどこにあるんだい。私は一応、顧問だよ?」
「……そういえば、そうでしたね……」
フィリアは力なくはにかんだ。
「今日は無理をしなくていいからね」
「でも、部長ですから。ちゃんと、しないと……」
彼女が「義務感」を持とうとしていることは、きっと成長に繋がっていくのだろう。
「それじゃあ、行こうか」
中等部の講堂へ向かう道すがら、フィリアはいつものように、私の右腕の袖をぎゅっと握って歩く。
彼女が私につまずいてしまわないよう、細心の注意を払った歩幅を心がけた。
講堂には、すでにかなりの数の生徒が集まっていた。
「フィリアお姉さま、お怪我は大丈夫ですか!?」
何人かの女子生徒が集まってきたが、彼女は私の背中へ隠れてしまった。
「……うん。心配してくれてありがとう。今のところ大丈夫だよ」
フィリアの代わりに私が答える。
「それでは、今日は私から色々と話をさせてもらうよ。一応これでも顧問に名を連ねているからね」
「エリアス先生が顧問だったんですね!」と、生徒たちは一様に驚いた。
私は背後のフィリアに「君も席に着いておいで」と促す。
彼女は強張った表情で、私のすぐ近くの席へと腰を下ろした。
「改めまして、新しく顧問になりました、高等部の神聖学講師、エリアス・ヴァン・アリスです」
私はこの学問を簡単に説明しつつ、あえて新入生に一定の厳しい注意を投げかけることにした。
「ですが、まだ魔法の基礎すら学んでいない一年生に、この研究会の内容は少し荷が重い。まずは魔法の基礎学をきっちり修めてほしい。本気で神聖学を学ぶという強い意志がないと、参加してもあまり実りのないものになってしまうでしょう」
「教科書は部費で買い足せますが、新入生全員にいきなり渡すのは賢明ではありません。希望者は、まず自分の手持ちの魔法基礎学の教科書を、通常の授業よりはるかに早いペースで修めることが前提です」
私は少し強めに釘を刺した。
流行りに乗ってきただけの中途半端な野次馬をふるいにかけ、社会性の乏しいフィリアの負担を減らす――そんな、私なりのちょっとした親心だった。
「普段は顔を出さない顧問の私が急にやってきて、いきなり偉そうなことを言って、すでにずっとこの会を支えてきてくれた先輩の皆さんには申し訳ないと思っています。ですが、あえて言わせてください。」
私は一度言葉を切り、集まった生徒たちを静かに見渡した。
「勉強会というものは、本来ひどく地味で泥臭いものです。ここに入ったからといって、誰もがすぐに派手で凄い魔法を使えるようになるわけではありません。皆さんの貪欲な学ぶ意欲と、『分からないことを分からないままにしない』という強い意志、そして活発な議論こそが、この部活をより良いものにするのだと、どうか肝に銘じてください。私からの挨拶は、一旦以上です」
私がフィリアをそっと盗み見ると、彼女は私の目をまっすぐ見つめたまま、ぽかんと、それでいてどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
リリィとニーナが真っ先に拍手をしてくれ、それを皮切りに、他の生徒からもぱらぱらと拍手が沸き起こる。
フィリアの代わりに大人としての最低限の責務を果たせたと、私は心の底から安堵した。
続けて、昼休みにフィリアと相談して決めた今日の活動方針を告知する。
「新入生は魔法基礎学の教科書を読み込んでください。分からないことがあれば……部長のフィリアではなく、昨日倒れた弟子に『ヒール』を使っていた先輩たちに質問してみてください。彼女たちの魔法は見事でしたし、基礎ができている証拠ですからね」
リリィを見てにっこり笑うと、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
一方、フィリアは目に見えてしょんぼりし、今にも泣き出しそうだ。
心の中で『ごめん、ちょっと言い過ぎたよ』と謝る。
「他の既存メンバーはいつも通り議論を進めてください。何かあれば……フィリア、答えてあげてほしい」
フィリアは、あからさまな恨み節といった様子で、私をじっと睨みつけていた。
私はフィリアの隣の席へ戻った。
「先生、いじわるです……」
「ごめんよ。後できちんとお詫びをするからね」
「うぅ……絶対に約束ですよ」
「あの、フィリアお姉さま。早速、ちょっと聞きたいことが……」
後輩の呼びかけに、フィリアは最初こそ怯えていたものの、何度も言葉を詰まらせながらも、一生懸命に答えようとしていた。
その健気な姿に、私は胸を撫で下ろす。
なんだかんだ言っても、彼女はちゃんと『先生役』を務められているじゃないか、と。
私は少し中座し、職員室での用事を済ませてくることにした。
しかし、戻ってくると室内の様子が変わっていた。
「お姉さまに、そんなにいっぺんに声をかけないでくださいまし!」
ニーナが怒ったような声を上げている。
その横では、数名の生徒に完全に取り囲まれたフィリアが、がちがちに身体を硬くさせ、うっすらと涙を浮かべて立ちすくんでいた。
「どうしたんだい? 何かあったのかな?」
私がその緊迫した空気の渦中へ割って入ると、フィリアは私を見るなり背後へ逃げ込み、ぼろぼろと大粒の涙をこぼし始めた。
どうやら、複数の生徒がそれぞれ別の用件で、一斉にフィリアへ詰め寄ってしまったらしい。
「エリアス先生。少し、部活の今後の運営について相談をしていたのですが……」
「わ、私も、少し聞きたいことがあって、ついお声がけしてしまって……」
「あたしたちは、その、フィリア部長にご挨拶をしようと思って……」
口々に弁明する生徒たち。
私の後ろで縮こまって泣く様子を見て、なんとなく察した。――きっとまた、私にダメなところを見られてしまったのが、彼女にとってひどく嫌だったのだろう、と。
「あー、うん。一旦分かった。部活の運営相談は、顧問である私が一緒に聞こう。他のみんなは少し席で待っていて。ニーナさんも、後輩の指導に戻ってもらえるかな」
そんなちょっとしたトラブルはあったものの、なんとかその日の部活を終えることができた。
帰り道も、フィリアはずっと私のシャツの袖を掴み、下を向いてとぼとぼとついてくる。
「こんな姿……先生に見せたくなかった……。本当に、来ないでほしかったのに……」
「そんなことないよ。フィリアは自分にできることを、最初から最後までしっかりやっていた。私はそれで十分だと思うよ」
フィリアはしばらく黙り込んだままだった。
神聖学準備室の鉄のドアが「ばたん」と閉じた瞬間、フィリアは少し遠慮気味の力で私の背中にしがみついてきた。
「先生は……こんな私でも、嫌いにならないですか? こんなにダメダメでも、部長を頑張れば……ちゃんと褒めてくれますか?」
「もちろんだよ。今日もよく頑張ったね」
彼女はさらにぎゅっと腕に力を込め、私の背中に顔を埋めた。
「どうしたらよいか、本当に怖かったです。みんなに一斉に話しかけられて……。困っている人にはちゃんと答えなきゃ、誰かを待たせちゃ悪いって……。頑張ろうとすればするほど、喉が詰まって、声が出なくなる……」
「うん、大丈夫だよ。できることから、少しずつでいいんだからね」
私が言い終わるのを待っていたように、フィリアは私の背中でわんわんと声を上げて泣き出した。
泣き止んだ後も、彼女はなかなか私から離れようとはしなかった。
「……もうしばらく、こうさせてください。私にいじわるをしてきた、お詫びの分ですから……」
背中に伝わる小さな体温と、腰に回された細い腕の感触を感じながら、私はただ静かに、彼女の気の済むまで背中を貸し続けた。
「……挨拶かっこよかったですよ……」




