第33話:(ジュリアンSide)将を射んとすれば、まず馬を射よ
「大体のメンバーは決まったが……」
生徒会参加希望者の出自や成績、動機が記載された数多の書類。
私は執務机の上で、その中から六枚ほどをピックアップして思索に耽っていた。
私はこの国の王太子、ジュリアン・フォン・アストリス。
来年度から、私が生徒会長として中等部生徒会の指揮を執る。それが王族としての、王太子としての当然の務めだ。
将来の国王とのコネクションを持ちたい、認められたいという学生は山のようにいる。
この書類の山の正体は、それだ。
もっとも、私は書類でしか自分を売り込めない人材にはあまり興味がない。
本当に優秀な人間はすでに私の頭の中に入っているし、入ってほしいメンバーには直接声をかけ、内諾も得ている。書類はあくまで形式に過ぎない。
――そう、たった一名を除いて。
「あの才能は、早めに囲い込んでおかないと厄介なのは間違いない。しかし、どうしたものか」
球技大会、そして王冠陣奪戦で見せた圧倒的な神聖魔法。
王宮に仕える高名な神聖魔法使いと同等の実力を、中等部二年で見せたその才能には、私も驚きを隠せなかった。
学内で『白鹿の女神』とまで噂される少女――フィリア・レオンハルト。
何としても今のうちに我が陣営に囲い込んでおきたい人材の筆頭である。
もし敵対する派閥や国外にあの才能が流出すれば、王家にとって致命的な損失になる。
だが残念なことに、この書類の山に彼女の名前はない。
彼女を引っ張り出すための特別なスカウトが、目下の課題だった。
幸い、私には彼女の認識阻害をはじめ、隠蔽や偽装の術式を見破る特殊な体質があるらしい。
高等部の神聖学準備室に行けばいつでも捕まえられるだろうが、まともに取り合ってくれるかは別だ。
王冠陣奪戦のときも、説得にはずいぶんと骨が折れた。
「――搦手から攻めていくか」
私は引き出しから封筒と便箋を取り出し、夕食の誘いを書き記した。
宛先は、エリアス・ヴァン・アリス。フィリアにその神聖魔法を教えたとされる、我が校の慧眼の士だ。
二人の関係に倫理的な問題を呈する者もいるようだが、あの異次元の才能を育て上げた功績に比べれば、些細な擦り傷に過ぎない。
フィリアがエリアス先生に並々ならぬ思いを寄せているのは、その行動から明白だ。
事前に説得してもらう、ないしは説得の場に立ち会ってもらった方が、明らかに成功率は上がる。
いっそエリアス先生に中等部生徒会の副顧問になってもらうのも悪くない。今後の布石として、関係を築いておくに越したことはないだろう。
私は封筒に王家の刻印を押すと、執事に手渡した。
夕食会の日。学内の来賓館の個室ラウンジに、エリアス先生はスーツ姿で現れた。
「わざわざお越しいただきありがとうございます、エリアス先生」
「いえ、こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
互いに炭酸水で乾杯する。エリアス先生は緊張した面持ちだった。
「それでは早速本題ですが――ぜひエリアス先生には、来年度の生徒会副顧問をお願いしたく、今日はお誘いいたしました」
「わ、私に……ですか? 高等部の、それも一講師に過ぎない私に?」
「はい。その教育手腕は中等部でも評判が高く、ぜひ我が生徒会をご指導いただきたいのです」
すると、エリアス先生は少し考えるような素振りを見せ、ぼそりと呟いた。
「……将を射んとすれば、まず馬を射よ、ですか。本命はフィリア、ですね?」
「面白い例えですね。ええ、私が射抜きたい一番の相手は、フィリア・レオンハルトです。話が早くて助かります。ただ……私はフィリアさんだけが目当てというわけでもないのです。エリアス先生、貴方の指導力にも純粋に期待しているのですよ」
「具体的に、私に何をお望みなのでしょうか?」
本質的に頭のいい人なのだろう。
「来週から始まる新生徒会の、週に一度の会合にフィリアさんを連れてきていただく。そして、先生に必ず一、二回、議題にご意見をいただく。少なくとも四月くらいまでは、それだけで結構です」
「なぜそれを私に?」
「もし私がフィリア嬢だけを会合に誘って、運よく承諾を得たとしましょう。ですが、彼女が一人で放り込まれたとき、何か話してくれると思いますか?」
「なるほど……。つまり、私にまずはフィリアの手本になれ、と」
「ご明察です。先生に忌憚のないご意見をいただけるだけで、我々メンバーも大いに勉強になることでしょう」
「わかりました……そういうことでしたら、ぜひご協力させてください」
本当に話が早くて助かる。こういう人間は嫌いではない。それに――扱いやすい。ただ「理」を説けば、自ら納得して動いてくれるのだから。
「もしフィリア嬢が嫌がったときは、またご褒美を差し上げてやってください。費用はこちらですべてお出しします。金貨十枚を出してでも、私はお二人に来ていただきたい」
「さすがに金貨十枚は……。まあ、お気になさらないでください。必ず連れていきますので」
「ありがとうございます。先生には、また貸しを作ってしまいましたね。何か困りごとがありましたら、いつでもお声がけください」
エリアス先生は少し困った顔をしていた。
いずれにせよ、最大の懸念事項だったフィリア・レオンハルトを生徒会に取り込むという本題は、これでクリアしたと言っていい。
そして、エリアス・ヴァン・アリスという『手綱』を通じれば、フィリア・レオンハルトを動かすことができる。
その事実を知れただけでも、今日という日は十分すぎる収穫と言えた。
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