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第32話:部活の顧問になってしまった

冬休みが明けて間もない、ある日の放課後。

フィリアが私の机の上に、一枚の紙切れをおずおずと差し出してきた。

「その……先生……こ、ここにサインしてください……」


押しかけ女房も極まって、ついに婚姻届でも持ってきたか、と冗談半分に思ったが、その内容は至って真面目な部活動申請書だった。

私に対して少し緊張気味な様子。

最近はこういう表情や声色で、彼女の考えていることがなんとなく分かるようになってしまっている。


「中等部神聖魔法研究会?」

「はい……先生の代わりに私がやっていた勉強会が、二十人以上に膨れ上がってしまって……部屋がなくて。それで、部活動として申請したらいいって、誰かが言い出して……。部費が出たら、本とかも買えるからって……」

「二十人以上か、凄いなぁ。よく頑張っているね」

私が褒めると、フィリアは「えへへ」と面映ゆそうに笑った。


「で、部長はフィリアで大丈夫なのかい?」

「だ、大丈夫じゃない……です。けど、皆が、私しかいないって……」

笑顔から一転、少し涙目になる。

意地悪をしたくなって、あえて尋ねてみた。

「あと、これは中等部の部活だけど、顧問は高等部教師の私でいいの?」

「ええと……わ、わからない……けど……うっ……うっ」

今にも泣き出しそうなフィリアに、私は少しやりすぎたなと反省しつつ、すぐに助け船を出す。

「――けど、フィリアが頼めるのは、私しかいない……ってことだね?」

「……はぃ」

先回りしてやると、フィリアは目に見えて安堵した表情を浮かべた。


「ご飯に連れて行って」「膝枕をして」といった私的な要望はずけずけ言う割に、こういう公的なことを依頼するときは妙に縮こまる。それが本当にフィリアらしい。

一生懸命に部長の役目をこなそうとしているフィリアを、私は心から応援したいと思った。


私はペンを取り、顧問の欄にサインを走らせた。

「これでいいかい?」

「あ、ありがとうございます……」


「で――私は顧問として、何をしたらいいのかな?」

「えーっと、では、まず……こ、この書類を先生が職員室に……」

受け取ったばかりの紙を、さっそく私に差し出し返してきた。

「わ、私が? そもそも、これ誰に提出するの?」

実は私自身、この手の事務手続きは大の苦手なのだ。

「わ、私も、知らない……です……。だ、だから……代わりに、先生が……」

しょげた顔で私を盗み見た後、彼女ははっとして、何か悪いことを思いついたような笑みを浮かべた。

「ええと……先生が提出してくれたら……その、今週末、先生のお部屋で美味しい手料理をごちそうします!」


それはバーターではなく、ただ自分のやりたいことを言っているだけじゃないか?

フィリアの子どもっぽい悪知恵と、結局面倒な事務作業を押し付けられたことに、私は小さくため息をついた。

「まあ、いいけどさ……」

「あ、ありがとうございます! で、先生は私に何を作ってほしいですか? ふふふふー」

さっきまでのしょげた顔が嘘のように、今はとびっきりの笑顔である。

「いや、別に手料理の対価は大丈夫だよ」

すると、彼女の笑顔は途端に不満げな表情へと早変わりした。

「えー、ダメですよ。ちゃんと私が対価を提示して、先生が請け負ったんですから、契約は履行しなきゃいけません。今週末は先生の部屋に行きます!」

私的な要望に対してだけは恐ろしく饒舌になる彼女に、また少し意地悪をしたくなる。

「じゃあ、この書類はフィリアに返すよ。君が自分で職員室に出しておいで」

書類を差し出すと、彼女はぱっと手を引っ込めて怯えた表情になった。

「ひっ……! い、一度引き受けたことは、ちゃんとやってもらわないと……!」

私は再度ため息をつき、諦めて書類を手元に置いた。

「はいはい……わかりましたよ……」

「えへへへ」

フィリアは少し申し訳なさそうに、でもどこか勝ち誇ったように嬉しそうに笑っていた。


「で、顧問になったんだから、その勉強会には私も顔を出したほうがいいのかな?」

フィリアは首を左右に激しく振った。

「せ、先生には、来てほしくないと言うか……」

「なぜだい?」

「ええと……可愛い女の子がいっぱいで……その、先生かっこいいから……モテると嫌だし……」

「私が? モテる?」

「せ、先生、女子生徒の間でも人気みたいで……。私に凄い魔法を教えた先生だって、憧れる人が多くて……」

「それは、フィリアに憧れている子が、間接的に私を慕ってくれているだけだと思うけどね。気にしすぎだと思うぞ」

「そ、それでも先生には来てほしくない……です。滅多なことがない限りは、来ないでください……!」

フィリアは少し怒ったように頬を膨らませた。


「わかったよ。あと、部室だけど、隣の神聖学講堂を使えばいいんじゃないの? ざっと八十人は入るよ」

さらにフィリアは何度も激しく首を振った。

「ぜ、絶対に、絶対に嫌……です!」

「なんでだい?」

「だって……ここに先生がいるもん……それに、放課後、ここにはあまり他の人に近づいてほしく……ない……」

フィリアは本当に困ったような、それでも自分の聖域を守ろうと真剣に訴えるように、私を見つめて言ってきた。


改めて、フィリアにとって私や、私と過ごすこの放課後の時間がいかに大事で、執着のあるものかを思い知らされる。

本当はあまり健全とは言えない関係性だ。それは分かっている。

だが、それでもフィリアの必死な顔、真剣な瞳を見ると、どうにもそれ以上咎めるわけにはいかなくなるのだ。


「じゃあ、代わりの部室、自分たちで見つけられそうかい?」

フィリアはびくっとして、すぐに涙目になった。

「ええと……無理……あっ。こ、これも先生がやってくれたら、来週も手料理を……」

またしてもフィリアは悪い顔になって、にやにやとしだす。


本当に、私の最初の一番弟子は……と呆れてしまう。

せっかく新しい部活を始めるのだから、少しは師匠離れをしてほしいものなのだが。


ごくごく普通の、放課後の他愛もない二人の会話。

くだらないけれど、どこか心が落ち着く夕暮れ時。

自分から部活を立ち上げ、その部長となることを決めたフィリアの成長が、私には何よりも嬉しかった。

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