第28話:一番弟子が楽しそうで安心してしまった
十一月の晴れた土曜日、王冠陣奪戦の当日。
私はフィリアに懇願され、会場となる王立公園に足を運んでいた。
王都の真ん中に残された広大な森林公園には、いくつかの広場が点在している。
その一番大きな中央広場の、屋外ステージ横にある芝生に、私は腰を下ろしていた。
ここを疑似戦場として、全国から集まった地域代表たちによる王冠陣奪戦が行われるのだ。
優秀な生徒が揃う王立学校セント・ラプラスは毎年シード枠として配置されており、中等部も過去十年間で七度優勝という非常に高い実績を誇っている。
逆に言えば、この王立学校から金星を挙げて下剋上を狙う地方校があれば、それだけで大きな名誉を得られるというわけだ。
フィリアは開会式には出席せず、ずっと私の傍を離れようとしなかった。
試合時間が間近に迫っても、私の背中にぴったりと寄りかかって本を読んでいる。
フィリアが用意してくれた少し大きめの水筒には、たっぷりのホットコーヒー。
さっそくそれを啜りながら、私も読書に興じる。
そんな、どこか優しい晩秋の朝だった。
「フィリア、そろそろ第一試合の時間じゃないのかい?」
「ええと……迎えに来てもらう約束をしているので、まだここにいます」
私の心配をよそに、フィリアは一向に動こうとしない。
しばらくすると、三年生の騎士専攻だろうか、非常に紳士的な振る舞いの男子生徒がフィリアを迎えに来てくれた。
「フィリア嬢、そろそろ出番です。一緒に行きましょうか」
「は、はい……わ、わかりました」
さっきまで私の背中をソファ代わりに悠々自適に過ごしていた少女は、突如として身体を硬くさせ、先輩の後ろをちょこちょことついて行った。
正直、付き添いと言っても、私が直接試合を観戦できるわけではない。
前世のファンタジーによくあった魔道具での実況配信のようなシステムもなく、音声実況も、敵に居場所を教えることになりかねないため行われないのだ。
本当にただついてきて、フィリアの休憩中にソファとしての役割を果たすだけ。
そんな少し退屈な役目ではあるが、インドア派の私がリフレッシュするには悪くない休日だった。
フィリアは三十分もしないうちに戻ってくると、何も言わずにまた私の背中に寄りかかり、本を読み出した。
「試合はどうだったの?」
私が尋ねると、ぽつりと一言。
「勝ったみたいですよ」
まるで他人事のように言うと、また静かな読書時間が始まる。
「試合後の振り返りとか、しなくてよかったのかい?」
「許可は取っています」
再び、静寂が訪れる。
時折、私の首筋にフィリアの後頭部がこつんと当たると、少し甘くて優しい溜息が聞こえてきた。
そんなことを繰り返しているうちに、また先ほどの騎士が迎えに来て、そしてまたすぐに戻ってくる。
基本的には、そんなルーティンで午前中の試合は消化されていった。
お昼は、フィリアが作ってきてくれたお弁当をいただいた。
ハンバーグなど、いつものお昼よりも少し豪華なおかずが詰まっている。
「今日は、ちょっと頑張っちゃいました」
フィリアは自慢げに胸を張り、私が「とても美味しいよ」と伝えると、ぱっと花が咲いたような笑顔を見せた。
トーナメント形式のため、勝ち残った午後からは試合が立て続けに行われる。
それでも、わずか数十分のインターバルごとに、彼女は私のところへ戻ってきては私をソファにして本を読み出すのだった。
しかし、最後の試合だけは、一時間ほど帰ってこなかった。
ようやく戻ってきた彼女は、あからさまに不満そうな顔をして、唇を尖らせている。
私は「まさか、フィリアがいても負けてしまったのだろうか?」と少し心配になったが、彼女は何も言わずに、また私の背中に体重を預けてきた。
私は特に何も聞かず、ただその背中を貸し続けることにした。
しばらくすると、ジュリアン王子を含めたチームメンバーたちが、私たちのところへやってきた。
私が立ち上がると、フィリアは少し寂しそうに、私の後ろへ隠れるようにして身を潜めた。
代表してジュリアン王子が一歩前に出て、私の背後にいるフィリアに向けて話しかける。
「フィリア嬢、改めて王冠陣奪戦に参加してくれてありがとう。君のおかげで、今日は優勝することができた。チームを代表して、改めてお礼を言うよ。ありがとう」
王子の言葉に続くように、周囲の騎士たちも「ありがとう!」「助かったよ!」と口々にフィリアを祝福した。
フィリアは私の背中の後ろから、少しおどおどと視線を泳がせながら答える。
「こ、こちらこそ……いっぱいご迷惑をおかけして、その……ごめんなさい」
いつものように謝ってしまう彼女だったが、ジュリアン王子が優しい声音でその不安を払拭してくれた。
「そんなことないよ。君の神聖魔法があったからこそ、これだけ皆が心に余裕を持って戦えたんだ。戦術の幅も大きく広がった。本当に君には感謝の気持ちしかないよ。無理に誘ってしまったけれど、君にセージを頼んで本当によかった」
その言葉を聞いて、フィリアは少し嬉しそうに、はにかんだ。
「そ、そうですか……。わたしも、今日は、その……楽しかったです」
「それはよかった。もしまたこういう機会があれば、ぜひ君に参加してほしいな。エリアス先生も、本日は付き添っていただき本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。フィリアが楽しんでくれたのなら、それだけで私は満足ですよ」
教師として、率直にフィリアがチームメイトたちから受け入れられ、祝福されたことが嬉しかった。
閉会式を前にして、フィリアはそそくさと帰り支度を始める。
「先生、このあとはカフェでケーキを食べさせてください。頑張ったご褒美です」
「ふふ、わかったよ」
私は彼女の可愛いおねだりを快く承諾した。
少し日が傾きかけた土曜日の夕方。
カフェに向かうフィリアの足取りは、目に見えて軽かった。
「えへへ、今日はとっても楽しかったです。練習は嫌でしたが、こういうのも悪くないですね」
「そっか、それはよかった」
私は、彼女が本当に嬉しそうに笑っている姿を見て、心の底から安堵していた。
少しずつ、彼女は周囲に信頼され、ここから広く大きな世界へと羽ばたいていく――。
そんな確信を抱かずにはいられない、どこか優しい、秋の一日だった。
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