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第27話:(カスピアンSide)住む世界が違う怪物

王立学校セント・ラクラスの王冠陣奪戦(レガリア・クラウン)――その唯一のメイジ(魔術師)枠に、二年生にして僕はこの名誉ある代表に選ばれた。

魔術師を目指す学生たちなら誰もが羨むその座。だけど、僕にとって、ここは通過点に過ぎない。

将来もっと高みの魔術師を目指すのだから、この程度は当たり前。自慢することではない――そう自分を戒めるも、胸の奥から湧き上がる素直な喜びを抑えることはできなかった。


もう一つ、今回僕がこの王冠陣奪戦に選ばれて嬉しかったこと。いや、嬉しいというよりも、「やっと、その時が来た」という言葉がふさわしいだろうか。

一年ほど前、『魔法体系における共通理論論考』での考察において、僕をはるか高みから見下ろしたあいつ――フィリア・レオンハルトも、この選抜に名を連ねていたからだ。


あの日以来、僕はいくつもの魔導書や理論を読み漁るだけでなく、実技、つまり実際の魔法の腕も大きく磨いてきた。少なくとも、中等部では誰にも負けないくらいにまでは成長した、その自負があった。

しかしフィリアは、六月の球技大会で、凄まじい神聖魔法を披露し、一躍学園の注目を総なめにした。学内では『白鹿の魔女』と呼ばれ、一部ではファンクラブまで囁かれている始末だ。

知名度でも名声でも、僕は彼女から大きく水をあけられている状況だった。


でも、僕だって負けていない、負けたくない。だからこそ、こうして王冠陣奪戦で彼女の横に立てることは、改めて彼女と自分を比べる、またとない機会だと思っていた。


初日の会合。騎士専攻の先輩たちから声をかけられて挨拶を交わす。誰もが選抜された名誉を誇りに思い、やる気に満ち溢れていた。

しかし、肝心の『白鹿の魔女』は、会合開始のぎりぎりに滑り込んでくると、椅子に座ってずっと下を向いたまま一言も発さず、会合が終わると、いつの間にか煙のようにいなくなっていた。


翌日の練習に、彼女の姿はなかった。それ以外のメンバー全員が、優勝を目指してチームワークを高め、将来を見据えて本気でお互いを知ろうと努力しているのを、あざ笑うかのような欠席だった。

事前にジュリアン王子からは、彼女が特別待遇であることへの説明があった。

「フィリア嬢は、申し訳ないが週二回だけの練習参加になる。今日はセージが代役となるが、それでも彼女の力は素晴らしいものがあるので、皆には理解してもらいたい」


正直、チーム内からは不安の声が漏れていた。王冠陣奪戦において、セージ(聖者)は戦術の要だ。補助魔法を「誰に」「どう」かけるかが、勝敗の大きな鍵を握る。

また、前線に立てば真っ先に狙われかねないポジションでもある。だからこそ、騎士たちもセージを守るための連携を高める練習は絶対に欠かせないのだ。

初日はセージを守る連携というよりは、基本的な陣形や、合図に応じた行動の確認などが中心で終わった。


その翌日。事前にウォーミングアップをする様子もなく、フィリアはまた練習直前になってふらりと現れた。

「フィリアさん、お久しぶりです。こうして、貴女と同じ舞台に立てたこと、素直に嬉しく思います。ぜひ、同じチームで我が校を優勝に導きましょう」

僕は彼女に握手の手を差し出した。しかし、彼女はぽかんと明後日の方向を見たまま、僕の話などまったく聞いていなかった。そして、ふとこちらに視線を戻すと、

「あ……あの……えっと……ご、ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい。そ、その、用件は何だった……で、でしょうか……」

おどおどと縮こまる彼女は、僕のことなど綺麗さっぱり忘れていて、興味の一欠片もないといった様子だった。


少し腹が立ったが、同時に理解する。彼女からしてみれば、僕なんてまともに議論すらできない「どうでもいい奴」くらいの認識なのだと。改めて自分を戒める。

彼女に僕を意識させるには、この王冠陣奪戦で、僕の圧倒的な魔法を実際に見せる――それしか方法はないのだ、と。


だが、実際の練習中、彼女は何度もぼーっとしていて、ひどくつまらなそうにしていることが多かった。

移動の指示を無視したり、間違えては「ごめんなさい」と涙を浮かべて謝ったりする。

最初こそ誰もが彼女に不安を感じ、人によっては王子に直接「なぜ彼女を選んだのか」「士気が下がる」と不満を訴える者さえいた。


ただ、その認識も、直後に全員が力ずくで撤回させられることになる。


基本陣形から作戦行動練習に移る直前、突如として彼女が詠唱を開始した。直後、僕を含めたメンバー全員に「強化バフ」がかけられる。

普通、中等部のセージが同時に強化をかけられるのは、せいぜい二、三人が限界だ。だからこそ「何を」「誰に」「いつ」かけるかというシビアな戦術眼が必要になるのだが――彼女は、そんな凡人の制約など無視しても何ら問題ないと、その圧倒的な魔力で言外に証明してみせた。


嘘みたいに身体が軽い。まるで宙に浮いているような感覚で、全速力でどこまでも走れるような万能感が全身を満たす。

特に前衛の騎士たちは、その異次元の強化に驚きを隠せず、作戦行動中ずっと「嘘だろ」「こんなに身体が軽いのは初めてだ」「これが自分の身体なのか」と感嘆の声を漏らし続けていた。

作戦行動中、彼女自身は一人ぽつんと立ち尽くして「ごめんなさい」と何度も頭を下げていたが、そんな不手際などどうでもよくなるくらい、魔法の性能が狂っていた。

「正直、この強化魔法を維持してもらえるなら、俺たちがそのまま敵陣に突撃するだけで勝てるんじゃないか」

真顔でそう言い出す騎士までいた。


そして、僕にとって何より悔しかったこと。

それは、彼女の強化が、僕の「魔術」にまで及んでいたことだ。

いつもと同じ詠唱、いつもと同じ術式なのに、いつもの倍以上の出力の魔法がぽんぽんと発動してしまう。

これでは、僕がどんな高度な魔法を使ったとしても、周囲には「彼女の強化のおかげ」だと思われてしまうし、何より、僕自身が「その通りだ」と認めざるを得ないのが、惨めで言い返せなかった。


練習中、ずっとつまらなさそうにおどおどと謝っていた彼女だったが、練習の終わりに近づくと、時折にやにやと不気味に笑みを浮かべていた。

一体、彼女にとってこの退屈そうな練習の何が面白いのか。凡人の僕らには到底理解できなかったが、天才である彼女の頭脳の中では、何か常人には見えない収穫でも得られていたのだろうか。

『今の私の考えをお伝えしても……たぶん、貴方にはご理解いただけない。それが正しいと思います』

かつて勉強会のときに彼女から告げられたその言葉が脳裏をよぎる。当時の僕は憤慨したが、今やその言葉には一切の嫌味はなく、冷徹な真実だったのだと、震えるような畏怖すら覚えた。


週に二回、練習に出てくる彼女は毎回こんな具合だった。

練習試合を行っても、彼女が最初にかけた強化魔法のごり押しだけで、戦術も何もなく勝ってしまうような試合ばかり。あまりにも練習にならないため、見かねた王子が彼女に「強化魔法を手加減するように」と苦笑しながら注意する一幕すらあった。


改めて思い知らされる。この王冠陣奪戦の練習期間こそ、僕が彼女に近づける、並び立てる絶好の機会だと思っていた。だが、その考えがあまりにも浅はかだった。

彼女との差を縮めようと血の滲むような努力をしてきたこと、その営み自体が虚しくなるような、そんな圧倒的な断絶。

そもそも「差」とかそういう次元の話ではない。住む世界が、見ている次元が違いすぎるのだと、率直に分からされてしまった。


最初のうちは、悔しさから彼女を目で追うことも多かった。けれど、途中からは気に留めるのをやめた。

あまりにも僕の理解を超えすぎていて、これ以上彼女を意識するのは、自分の精神を削るだけの無駄な行為だと悟ったからだ。


ただただ、自分とは根本から違う存在。

フィリア・レオンハルトという少女は、本当に自分と同じ人間なのだろうか?

そんな根源的な恐怖すら抱いてしまうくらいに、自分でもこの感情をどう処理してよいのかわからなくなった二週間だった。


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