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第26話:王子の熱烈な勧誘を受けてしまった

フィリアが後輩に勉強を教えるようになって、一か月ちょっとが過ぎた十月中旬。

週に一度の「フィリア塾」は参加希望者が増え、今では十人にもなっているのだとか。

人数が増えるたび、彼女は半べそで神聖学準備室に戻ってきては、「褒めて」「匂いを嗅がせてほしい」と甘えてくる。


秋も深まり、生徒たちは長袖に衣替えを済ませていた。先週までは中間試験で静まり返っていた校舎にも、また部活動の活気が溢れている。

そんなある日の放課後、フィリアはいつも以上に激しく泣きじゃくりながら飛び込んできた。

「せんせぇ……助けてください……うぇぇ……」

カスピアン君のときと違い、今回は心から辛そうな様子だ。

「何があったんだい? ゆっくりでいいから、教えてくれるかな?」

「……わ、私……出るの……嫌だ……ここにいたい……」

椅子に座った私の膝にすがりつき、ぼろぼろと涙をこぼす。

「出るって? どこに?」

わんわん泣きながら、フィリアはぼそりと呟いた。

「……王冠陣奪戦(レガリア・クラウン)……」

私はそれを聞いて、純粋に「凄い」と感嘆してしまった。


王冠陣奪戦は、十一月に行われる学校対抗の模擬戦だ。

全体を指揮するコマンダー、魔法攻撃を担うメイジ、回復・強化・妨害を担うセージが各一名と、前衛の騎士十名が代表に選ばれる。

二、三年生の合計八百人から選ばれるのは、わずか十三名。

ましてセージとなれば、競争倍率は百五十人に一人ほど。

もっとも、今のフィリアの実力なら選ばれて当然の逸材だ。


「とりあえず、おめでとう。素直に、凄いと思うよ」

フィリアは少し泣くペースを緩めた。

「……先生に褒められたのは嬉しいけど……私……出たくない……」

頑なに、この名誉ある選出を拒否している。


この大会への選出、特に名門セント・ラプラスからの選出は至高の名誉とされている。

将来の国家中枢を担う人物たちと交友を深められる、憧れの席だ。

「フィリアはどうして出たくないの?」

私の膝に顔を埋めて、フィリアは拗ねた子どものように言う。

「ここにいたい……練習に行きたくない……」


私はどうしたものかと考える。

フィリアには、こんな閉ざされた室内に籠もらず、もっと広い世界を見て交流を広げてほしい。

ここで匿い続けて彼女の可能性を狭めるのは、教育者としてあってはならない。


私が言葉を探していた、そのとき。

コン、コン、コン、と鉄のドアをノックする音が響いた。

「はーい、今参ります」

私が立ち上がると、フィリアはすっと認識阻害の魔法をかけ、ソファへ移動する。


ドアを開けると、そこには王太子ジュリアンが立っていた。

「すみません、こちらにフィリア・レオンハルトが……いますね」

ドアの隙間からソファを覗き見て、王子はにっこりと笑った。

その声に、フィリアはびくっと身体を揺らし、ソファの上でさらに小さく丸まる。

「その……見えるのですか?」

「はい。こういうのを、見分けられる体質みたいでして」


入室すると、ジュリアン王子はソファに座るフィリアの前に片膝を突き、目線を合わせた。

「フィリア嬢、どうか私たちと王冠陣奪戦に出てもらえないだろうか」

王子を床に膝を突かせ、自分はソファに座る不敬に、フィリアは気づかないまま首を横にぶんぶん振る。

「貴女のような才能が加われば、私たちの軍はとても強くなる。貴女にとっても悪い話ではないと思うのですが……」

フィリアは下を向いて固まり、いじめから助けたあのときのように震えていた。


王子は、入り口に立ったままの私へ目を向けた。

「先生からも、ぜひフィリアさんを説得していただけないでしょうか?」

その瞬間、フィリアはばたばたと立ち上がり、私の後ろへ隠れてしまった。


震えている少女は助けてあげたい。

だが、いじめのときと違い、ここには悪意がまったくない。

むしろ本来プラスの提案で、この国の王子が直接膝を突いて勧誘に来てくれているのだ。

「ねえ、フィリア。人と一緒に何かをするのが怖いのは分かるよ。でも、私はフィリアに広い世界で活躍してほしいと思うんだ。きっと君にとって大切な経験になる」

フィリアは私の背中に顔を埋めたまま、少し不満そうにぼそりと言った。

「先生がそう言うなら……わかりました。試合は……出ます。でも……練習はしたくないです……」


王子は立ち上がり、また少し屈んで語りかける。

「試合に出てくれて嬉しいよ。でも、練習なしは難しいな。この競技は連携が大事なんだ。せめて週三日でも参加してくれないか?」

「フィリア。ジュリアン王子は意地悪をしたいわけじゃない。練習に出ることは、きっと君のためになると私も思う」

私が補足すると、三十秒以上の沈黙のあと、フィリアがぼそりと呟いた。

「先生が言うなら……週一回だけなら……」

「週二回、で手を打とう。その代わり、先生からご褒美を出してもらおう。いいですよね、エリアス先生?」

背筋を伸ばし、青い瞳でまっすぐ私を見つめてくる。

その瞳に引き込まれるように、私はつい返事をしてしまった。

「……わかりました。それでいいかな、フィリア?」

ご褒美を私に振るのか、と焦ったが後の祭りだった。


「先生が言うなら……そうします」

ジュリアン王子は満足そうに笑った。

「ありがとうございます、フィリア嬢。明日、初会合があります。生徒会室横の談話室にお越しください」

そして深々とお辞儀をしてドアへ向かう。

「そうだ、エリアス先生。一つ貸しを作ってしまいましたね。私に何かできることがあれば、何なりと」

「いえ、お気になさらずに」

そう言って、王子は部屋を後にした。


しばらく私の背中に顔を埋めていたフィリアが、ぼそりと言った。

「膝枕がいいです……ご褒美です。練習から帰ってきたら、膝枕してください」

今日のフィリアは、どうしたのかというくらい甘えてくる。

それでも一歩踏み出してくれたことが嬉しく、私はその願いを承諾した。

「わかりました」

「試合が終わるまで、練習した日は毎日ですよ」

「はい、約束します」

フィリアは私の腰に手を回し、ぎゅっと力を込めた。

「だったら……私、がんばれます」


フィリアには私から離れ、広い世界へ羽ばたいてほしい。

だから、説得に悩んだあのタイミングで王子が来てくれたことは、心の底から助かったと思った。

しかし、私が交わした膝枕の約束は、彼女が私から離れる機会になったのか。

それとも、さらに依存を深めさせてしまったのか。

少しのもやもやを胸に、私はもう少しだけ、フィリアに背中を貸し続けることにした。

すこしだけ、裏読みとかも出来る話しでした。

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