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第25話:(コーデリアSide)抑えられない嫉妬を越えて

夏休みが明けて一週間が経った頃の、あるお昼休み。

普段は認識阻害の魔法に隠れて姿すら見せないフィリアが、突如として私に話しかけてくれた。

学園で『白鹿の魔女』などと大層なあだ名をつけられている私の友人は、そのとき、ひどく困惑した様子で怯えていた。

「あ、あの……コーデリアちゃん。きょ、今日、先生がお昼来られなくて……も、もしよかったら、一緒にお昼ご飯、食べませんか……?」

見つけることすら難しい『白鹿』からの、めったにないお誘い。

本当に、今日はなんて幸運な一日なのだろう。

「もちろん喜んで!」

私が手を取ると、彼女はおずおずと小さなお願いをしてきた。

「そ、その、内緒で……相談したいことが、あって……」


ラウンジに着き、お茶を淹れて席に戻ると、フィリアはタオルに顔を埋めて深く息を吸い込んでいた。

「お顔、どうかされましたの?」

そう声をかけると、フィリアはびくっと身体を跳ね上げ、ひどく照れくさそうにもごもごと言い訳をした。

「いえ……顔を拭いていたわけではなくて……その……先生の匂いというか……」

『ああ、いつものフィリアだ……』

私は深く追求するのは野暮と判断し、本題に入った。

「それで……やっぱり、エリアス先生との恋のご相談ですの?」

「は……はい……」

ちょこんと丸くなって、白い頬を林檎のように赤らめる少女。

その姿は本当に可憐で、白き牝鹿という表現がぴったりだ。


ぽつりぽつりと紡がれた話によると、一学期の終わりに先生へ弟子入りを希望してきた中等部一年生二人――リリィ・エイムズさんとニーナ・クラウゼルさんが、先日長いこと先生を独占していたことが、どうしても受け入れられないのだという。

熱心に学ぶことは好ましいし、先生の対応も至極真っ当だ。フィリア自身、文句を言う資格などないと頭では理解している。それでも、胸を焦がす嫉妬の炎に抗えないのだと、彼女は苦しそうに俯いた。


「それで、エリアス先生はそのことを何と?」

「……私も、後輩に勉強を教えてみたら、友達が増えるかもって……」

「なるほど。たしかに、そういう側面もございますわね」

「でも……わたし、無理……。知らない子に勉強なんて……。でも、このままだと先生は私じゃなくて、あの子たちのことばかり見るようになって……私なんて……」

ぽろぽろと大粒の涙が、お弁当のおかずを濡らしていく。


私がフィリアと友達になるに当たって最も気をつけているのは、二人きりの時間を絶対に邪魔しないことだ。

彼女は二人の居場所、神聖学準備室に他人が土足で踏み込むことを、本能的にとても嫌がる。

今回の後輩たちの狼藉は、彼女にとってどれほどの恐怖だっただろう。


「大丈夫ですわ、フィリア。エリアス先生は、あなたを誰よりも特別に、大切にしていらっしゃいますわよ」

「でも……私なんかより、あの子たちの方が素直で可愛いし、背も高いし……先生かっこいいから、絶対あの子たちも先生を好きになっちゃう……」

球技大会であれだけ輝いていたのに、先生のこととなると客観的な視点が見えなくなる。

その危なっかしさが、彼女の可愛らしさでもあるのだけれど。


「でしたら、こちらのラウンジで私もご一緒しますから、その後輩さんたちに神聖学を指導してさしあげるのはいかがかしら?」

「む、無理ぃ……。私、勉強なんて人に教えたこと、ない……」

涙目で激しく首を振る姿は愛くるしい。


「ですが、もしエリアス先生の代わりにあなたが後輩を立派に指導できて、さらに仲良くなれたとしたら……きっと先生は、あなたをたくさん褒めてくださいますわよ」

その一言を口にした瞬間、彼女は目を丸くして、ものすごい勢いで食いついてきた。

「先生……ほ、褒めてくれるかなぁ……? だったら……やって、みたい、です……」

先ほどまでの絶望が嘘のように、頬を赤らめてやる気を見せる。

『本当に、エリアス先生が絡むか絡まないかで、彼女の態度は百八十度変わってしまう。恋する乙女の原動力とは、凄まじいものですわね』


そして、後輩二人をラウンジに招いて指導する当日――。

「わぁ……! 白鹿の魔女様に直接ご指導いただけるなんて、感激です!」

「私もです! 勉強のこと以外でも、いろいろ魔女様にお聞きしたいのですが、よろしいですか?」

眩しいほどきらきらした視線に、フィリアは私の背後にすっぽり隠れ、小刻みに震えておどおどしていた。

「お二人とも、焦らずゆっくり話していただけると嬉しいですわ。フィリア、大丈夫ですから、まずは深呼吸しましょう。はい、吸ってー……」


「あ、あの……失礼しました。わ、私が、フィリア・レオンハルト……です。その、先輩だから、お、お姉さま? って呼ぶべき、でしょうか……?」

テンパってしまったフィリアは、何を血迷ったのか、自分を「お姉さま」と呼ばせるような指示を出してしまった。

だが、その可愛らしい手違いに、高名な魔女に憧れる後輩二人は歓喜の声を上げた。

「「フィリアお姉さまッ!」」

「は、はい! よ、よろしく……お願いします……です……」


最初は噛みまくっていたフィリアだったが、講義の内容に入ると、徐々にその説明は滑らかになっていった。

時折、説明の次元が極端に難しくなり、一年生の二人がまったく理解できていなくても、お構いなしに理論を続けてしまうのは、かつて弟のカスピアンを一刀両断したフィリアらしい。

それでも、精一杯後輩に理解してもらおうと努力する姿からは、間違いのない誠実さが伝わってきた。


「フィリアお姉さま、コーデリア様も、ぜひまたお勉強を教えていただけると嬉しいです!」

リリィさんとニーナさんが満足そうに帰っていくと、フィリアは「はぁぁぁ……」と大きなため息をついて、椅子の背もたれにぐったりと寄りかかった。

「ねえ……コーデリアちゃん……私、上手にできたかな……」

「ええ、とっても素晴らしかったですわ。きっとエリアス先生がこの場にいらしたら、『よく頑張りましたね、フィリア』と、いつものように優しく頭を撫でて褒めてくださったことですわ」

「そうかな……えへへ……」

疲れ切って、どこか力の入らない頼りない笑顔だったけれど、彼女は嬉しそうに微笑んでいた様に見えた。


孤立していた友人が踏み出した、小さくて、けれどとても大きくて立派な一歩。

その輝かしい瞬間に立ち会えたことに、私は少しだけ誇らしい気持ちになりながら、温かい夕暮れのラウンジを後にするのだった。

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