第22話:入門希望の後輩が来てしまった
一学期の期末試験が終わり、夏休みも間近に迫った放課後の神聖学準備室。
球技大会の狂騒が落ち着き、フィリアを探す人影もだいぶ少なくなった頃、少し変わった来訪者があった。
中等部一年生の女の子の二人組だ。彼女たちの目的は「白鹿の魔女」ではなく、私の方だった。
「エリアス先生。私、リリィ・エイムズと申します!」
「私はニーナ・クラウゼルです。あの……私たちを先生の弟子にしていただけないでしょうか!」
「白鹿の魔女様に憧れていて……先生がご指導されたとお聞きして、私たちも神聖魔法を学びたいんです」
「あー、えっと……困ったな」
前のめりな熱意に、私は頭を掻いた。
向学心のある生徒を受け入れるのは教師の義務だ。
ただ、フィリアはその事情も才能もあまりに特殊すぎた。
極端に内気な性格、私が保護しなければ通学すら難しかった背景。
そして、不登校気味でも学年一位をかっさらう頭脳。
十年に一人いるかいないかの天才を、たまたま最初に拾っただけに過ぎない。
さりげなく背後を見ると、定位置のソファを後輩たちに占拠され、私の執務椅子にちょこんと腰掛けた魔女様が、あからさまに不満げな視線を投げかけていた。
「指導したと言っても、実は大したことはしていないんだよ。フィリアが勝手に自習して、分からない部分を聞きに来たから答えていただけというか……数学は教えたりもしたけれど、手取り足取り何かを教えたわけじゃないんだ。定期試験で当たり前に学年一位を取る子だからね」
背後でフィリアが「ふふん」と鼻を高くしたが、すぐにまた不満げな顔に戻る。
「私たち、白鹿の魔女様みたいに成績がいいわけではなくて……やっぱり、弟子にしていただけませんか?」
ニーナが気後れしたように制服の裾をいじる。
私は考え込んだ。やる気のある生徒に門戸を開くのが教師のあるべき姿だ。
……なのに、心にはうまく言葉にできないもやもやが残っていた。
「明確に『弟子にする』と約束することはできないかな。フィリアにもそんなことを言ったことはないんだよ。ただ、学年を超えて学びたいという気持ちは否定しない。……そうだね、まずはここにある高等部一年の教科書を貸し出すから、夏休みに読んでみるといい。分からないことがあれば、いつでも質問しに来なさい」
「ほ、本当ですか!?」「ありがとうございます、エリアス先生!」
リリィとニーナの顔がぱっと明るくなる。
教育者として、これ以上ない模範解答。
……のはずなのに、胸のもやもやは消えてくれない。
それは、フィリアと二人だけのこのゆったりとした空間に、他の「異物」が入り込むことへの拒否感――とでも言うべきものだった。
私は違和感に押され、少し厳しい口調を付け加える。
「ただし。これは中等部の基礎が身についていることが大前提だよ。学ぶべき手順を飛ばして、基礎をおろそかにしてはいけない。そこだけは肝に銘じておいてほしい」
「はい!」「さっそく、教科書をお借りしても?」
二人は嬉しそうに教科書を抱え、「夏休みにしっかり読み込んできます!」と賑やかに去っていった。
鉄の扉が閉まると同時に、背後から「はぁぁぁ……」と、この世の終わりのような深い溜息。
認識阻害を完全に解いたフィリアが、椅子の背もたれに深く体重を預けている。
「よいのですか? 先生。あんな約束、しちゃって……」
「いいも悪いもないよ。教師として真っ当な対応をしたつもりだけど」
「そういう真面目なところは先生らしいですけど……私は、なんだか複雑です……」
「でも、フィリアの新しい友達になるかもしれないよ。君が先輩として勉強を教えてあげたっていい。慕われているみたいだし、微笑ましいことじゃないか」
フィリアは困った顔で、へそを曲げた子どものようにそっぽを向いてしまった。
「分かっていますよ……それくらい。私が間違ったことを言っていることくらい……。でも、そういうことじゃないんですもん……」
その小さな呟きに、なんとなく共感を覚える。
きっと彼女も私と同じ「もやもや」を感じているのだろう。
この静かな時間と空間を侵されたくないという、子どもじみた独占欲。
だが、これはただのエゴだ。教師としては明確に否定し、律しなければならない感情だった。
私は、すっかり冷めてしまったコーヒーと一緒に、その苦いエゴを喉の奥へと連れ戻した。
「……夏休み、先生は何をされるんですか?」
しばらくして、本から目を離さないまま、フィリアがぽつりと尋ねた。
「溜まった本を読んだり、訓練講習に出たり、奉仕活動をこなしたり……あとは少し実家に帰省するくらいかな。フィリアは実家に戻るんだろう?」
「はい……。でも、正直あまり帰りたくないです。先生と一緒にいられる間はずっと、一緒にいたいです」
「環境が許さないよ。寮も八月には完全閉鎖されるんだろう?」
「うぅ……夏休みなんて、なくなればいいのに……」
今にも泣き出しそうな顔は、駄々をこねる姪っ子のようで微笑ましい。
「まあ、休みに入っても七月いっぱいは私もここに来るからね。フィリアも、来られたらおいで」
「えっ!? いいんですか!? じゃあ、私もギリギリまで残ります!」
今日初めての、ひまわりが咲いたような笑顔に、私は心の底から安堵した。
「あ、あと、七月の最後の日は、先生のお部屋にお邪魔しますね」
「……え? というか、ダメだよ」
「いいえ、ダメじゃないです。絶対に行きます。どうせ先生のことですから、またお部屋を散らかし放題にして、洗濯物も溜め込んでいるんでしょう?」
「うっ……」
図星を突かれ、たじたじになる。
「と、とはいえ、仮にも教師と生徒が私生活で……」
「教師と生徒の前に、人間としてだらしなさすぎる先生が何を言っても無駄です。……それとも先生は、私にいかがわしいことでもするような人なのですか?」
「するわけないだろう!」
じとーっとした金色の瞳に、私は言い返す言葉を失い……結果として、その提案を受け入れることになってしまった。
いじめの心配もなくなった今、フィリアがこの薄暗い準備室に通い詰める客観的な理由は、もうなくなっているはずだった。
もっと多くの人と交流を持ち、いずれはこの国に欠かせない貴重な人材として羽ばたいていくべきなのだ。
それなのに、彼女は「ここに来たい」と言い、私もそれを当然のように受け入れている。
そして、その穏やかな時間に不純物が混ざることに、私もかすかな不安を覚えてしまっている。
それがいいことなのか悪いことなのか、理屈とエゴの間で答えは出ず、私は考えるのをやめて、彼女が淹れてくれた二杯目のコーヒーに口をつけるのだった。




