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第21話:(フィリアSide)キラキラ輝く暁のハニートースト

夢を見ていました。

大好きで、愛してやまない先生の香りに包まれて、ふわふわと空を飛ぶ夢。

ぽかぽかと温かくて、心が安らいで……ずっとこの夢の世界にいたい。

けれど、そんな多幸感の中で、少しずつ現実の感覚が戻ってきます。……下腹部が重たい。

まだこの幸せに浸っていたいけれど、起きないと大変なことになってしまう。そんな切実な葛藤の中、私はまぶたを開けました。


カーテンの隙間から漏れる、暁の微光。それが、暗い部屋に淡い陰影を形作っています。


『ここは……どこでしょうか……』


見慣れないシーツからは、大好きなあの人の、優しくて甘い匂いがします。

ゆっくり起き上がって視線を巡らせると、乱雑に重なった本やノート、床には脱ぎっぱなしの服の山。

そして、その先のソファで規則正しい寝息を立てる、よく見知った男性の人影――。


私は夢か現実かを確かめるために、自分の頬を強くつねりました。

鈍い痛みが走った瞬間、全身の血が沸騰し、私は再びベッドに倒れ込んでしまいました。


『えっ!? 嘘……ここ、先生の……先生のお部屋……!?』


もう一度シーツに顔を埋めて、匂いを吸い込みます。間違いありません。先生の香りです。

どうして私がここにいるのか。昨日、レストランに行って……。

いえ、理由なんて今はどうでもいいのです。それよりも、ここは先生の「聖域」。どんな物が置いてあるのか気になって仕方がありません。

いや、物よりもまず、先生がすぐ横で眠っているということは、こっそり……その、不意打ちの接吻(ちゅー)だってできてしまうのでは!?

でも、でも、私のファーストキスがこんな一方的なものなのは嫌。

ちゃんと先生が私を意識して、先生から私にキスしてほしいから、絶対にダメ!

あー、でも、でも、唇はダメだけど、ほっぺにちゅーくらいならありだと思うし……。

落ち着け、落ち着くのです私。この状況下で取るべき最適な行動は――。


そのとき、下腹部が限界に近いことを思い出しました。でも、妄想が暴走して止まりません。

もしここで私がお漏らしなんてしてしまったら、明日から先生は私がお漏らしした布団で寝ることになる……。

『それはそれで、先生と私が混ざり合うようで素敵かも……!?』

いえ、ダメです! そんな恥ずかしい失態を犯したら、ただでさえ「子ども」として見られているのに、一生「女性」として意識してもらえなくなります! それだけは回避せねばなりません!


私は慌てて起き上がり、薄暗い部屋の奥にある扉を開けました。魔法で小さな光を灯すと、シャワールーム兼トイレが浮かび上がります。


便座に座りながらも、心臓の鼓動は激しくなる一方でした。

先生がいつも座っている場所に、今、私が座っている。間接的な密着。

排水溝に落ちている先生の髪。身体を洗うためのタオル。

五感を通じて入ってくる情報のすべてが、愛しい人の「日常」を濃密に描き出し、私の心をかき乱します。

何度も夢に見た場所。予告もなしに訪れたこの幸運に、私の頭は処理限界をとうに超えていました。


トイレを出ると、ソファの方からごそごそと音が聞こえました。

見ると、薄暗い中で先生が起き上がっていました。


「フィリア……体の調子はどうだい? 気持ち悪くないかな」


「せ、せ、え、え、え、エリアス先……せぇ! お、おは、おはよ……はようごじゃじゃましゅ……!」


『ああ、先生を起こしてしまいました!! トイレになんて行かずに、せめて五分だけでも寝顔を鑑賞してからにするべきでした!! それに今の挨拶……噛みすぎです、私……』

先生に声をかけてもらった喜びと、起こしてしまった罪悪感と、逃したチャンスへの後悔。頭の中はぐちゃぐちゃです。


「まだ、お酒が抜けていないのかな……。もう少し横になっていなさい」

「あ、お酒? え……えっ?」

そこでようやく、昨夜の出来事が先生の口から語られました。

最初の飲み物が白ワインだったこと。私が倒れて、ここまで運んでくれたこと。

途切れていた記憶が繋がり、私は心の中で、間違えてお酒を出した店員さんにスタンディングオベーションを送りました。

『ありがとう店員さん!! おかげで私は先生の聖域に招待されました!!』


『ぐぅ~~~~~……』


そのとき、可愛くない音が静かな部屋に響き渡りました。

歓喜に震えていたのが一転、私は自分の身体を呪いたい気分になりました。

よく考えれば、私は今、寝起きの無防備な姿で先生の前にいるのです。準備も何もできていない状況で、一体どうすれば先生に可愛く見てもらえるのかわからず、私は下を向くことしかできませんでした。


けれど、先生はどこまでも優しく私を気遣ってくれます。

「朝ごはんを作るよ。フィリアは休んでいなさい」


少し眠たそうな、甘い声。

灯された明かりが、私の愛しい人を照らします。

大好きな匂いのするベッドでシーツに包まり、朝食の支度を始める先生を眺めていると、自然と笑みがこぼれました。


「あー……ろくなものがないなぁ……」

冷蔵庫を開けて嘆く、いつものだらしない先生。

部屋を見渡せば、一箇所にまとめられたゴミや、洗ったばかりの乾かしかけの食器。

きっと私が寝ている間に、最低限の見栄えだけは整えてくれたのでしょう。

そんな不器用な生活力が、どうしようもなく愛おしくて。


やがて、フライパンから心地よい音が聞こえてきました。

ふと、これは「新婚生活」なのでは、という考えに至り、また胸の鼓動が跳ね上がります。

愛する旦那様が、私のために朝食を作ってくれる。私はシーツの中で何度も身悶えしてしまいました。


「フィリア、できたよ。食べにおいで」


テーブルに置かれたのは、蜂蜜がたっぷりとかかった、きらきらと輝くフレンチトースト。

先生のことですから、もっと黒焦げの何かが出てくるかと思っていましたが……いい意味で期待を裏切られました。


「い、いただきます……」

食べるのがもったいない、初めての先生の手料理。

口いっぱいに広がる甘さと、空腹に染み渡る優しさ。

やっぱりこれは天国なのではないか。私は昨日死んでしまったのではないか。本気でそう疑うほどの多幸感でした。


「とっても……美味しいです」

「そっか、よかった。……ごめんよ、レストランの食事の代わりに、こんなみっともないもので」


「いいえ。どんなフルコースより、私は先生のフレンチトーストが食べられたことの方が嬉しいです」

「そっか……」

先生は少し照れくさそうに頭を掻くと、フライパンを洗いにキッチンへ戻っていきました。


人生で一番、素敵な朝。

月並みですが、こんな幸せな時間が毎日続けばいいのにと、心の底から願ってしまいました。


私は食べ終えたお皿をシンクへ運び、先生の横に立って告げました。

「ねえ、先生。今日の私の予定が、今決まりました」

先生が不思議そうにこちらを見たので、私ははっきりと言ってやりました。


「今日の私の予定は、このお部屋の掃除と洗濯です。ダメですよ先生。こんなお部屋に女の子を連れ込んじゃ」

「なっ……う、うーん……まいったな……」


先生はまた申し訳なさそうに、弱り切った顔をしました。

私はその隙を逃さず、心の中でこう付け加えました。


『――こんな部屋に、他の女の人なんて絶対に連れてきちゃいけません。私以外は……ね』


少しずつ、先生の日常に私が溶け込んでいけますように。

あなたの心に、私という存在が、二度と消えないほど強く刻まれますように。


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