第18話:ヴァルハラの乙女が学園の注目を集めてしまった
熱気に包まれた体育館。フィリアたちのクラスと、三年生のクラスによる試合が始まろうとしていた。
高い位置で髪を結びポニーテールにしたフィリアは、普段の猫背で伏せ目がちな彼女とは別人のような、凛とした佇まいで、私は思わず目を奪われた。
ジャンプボールを担当したのは、ケーシーに次いで背の高いコーデリア。だが体格に勝る上級生に弾かれ、ボールは相手側へと渡る。
「一本行くよー!」
活気ある声と共にドリブルを始めた相手ガード。その直後、彼女の視界の下を「何か」が凄まじい速度で通り抜けた。強化魔法で加速したフィリアだ。低い姿勢のまま一瞬でボールを奪い取ると、そのまま相手ゴールへと独走する。
「止めて!」
立ちはだかるディフェンスを、キレのあるクロスオーバーで翻弄。重力を無視したようなステップで抜き去ると、軽やかに跳躍し、レイアップシュートを沈めた。
一瞬、体育館が静寂に包まれる。
試合開始からわずか三秒。何が起きたのか理解の追いつかない観客を置き去りにして、フィリアは悠々と自陣へと戻っていった。
「ど、ドンマイ! 次、走って!」
焦りを見せる相手チームが前線へロングパスを放つ。だが、フィリアはそれを一メートルを軽く超える垂直跳びで空中カットした。後に一部の生徒から「背中に羽が見えた」と噂されるほどの、華麗な跳躍だった。
今度は相手も必死だ。ゴール下に二人を配置し、フィリアの進入路を完全に塞ぐ。しかし、フィリアはゴールから遠く離れたスリーポイントラインの、さらに一歩手前で急停止した。流れるような動作でジャンプし、放たれたボール。空に敷かれた不可視のレールをなぞるように、それはリングの中央へと吸い込まれた。
試合開始から十秒足らず。味方が自陣で立ち尽くしている間に、フィリア一人で五点を叩き出す。体育館中の視線が、一気にあの小さな背中へと集まり出した。
「……おいおい、それは、やりすぎじゃないか……」
私は苦笑するが、彼女は止まらない。
そこからは、もはや試合ではなく「蹂躙」だった。十分間の試合で、全得点三十点のうち二十八点をフィリアが一人で稼ぎ出したのだ。試合終了の笛が鳴り響くと、体育館は地鳴りのような拍手と歓声に包まれた。
茫然とするクラスメイトをよそに、フィリアは熱狂など聞こえていないかのような涼しい顔で、コートを後にしようとする。
「あ、あの、フィリアさん。さっきは、ごめんなさい。あんなにお上手だなんて知らなくて……」
次元の違うプレーを見せつけられ、顔を引きつらせて謝罪してくる二人組。フィリアは冷めた瞳で一瞥した。
「どうでもいいです。それより、コーデリアちゃんに謝って」
友人のために怒れるようになった、彼女の成長の証だろうか。二人は深々と頭を下げ、コーデリアもまた呆然としつつ「フィリアが許すというのであれば、構いませんわ」と応じた。
戻ってきたフィリアは、目を閉じて「ふぅー」と大きく息をついた。再び目を開けたとき、ピンと伸びていた背筋は少し丸まり、瞳の色もいつもの内気な輝きに戻っていた。
「先生……っ! ちゃんと見ててくれましたか!? 私、ちゃんとできてましたか!?」
「ああ、凄かったよ……お疲れ様、フィリア」
天にも昇る笑顔で
「いっぱい褒めてください! 頭も撫でて……」
と甘える彼女に手を伸ばそうとした時、大勢の生徒がこちらへ押し寄せてきた。
「ねぇ君! さっきの凄かったね!」
「名前は!? 部活どこ!?」
一瞬で「いつものフィリア」に戻った彼女は、私の背後に隠れて震えだす。
そこへコーデリアが軽やかに割って入った。
「先輩方、申し訳ございません。この後、大事な『昼食会』の約束がございますの。それでは、ごめん遊ばせ!」
さすがは伯爵令嬢。優雅かつ断固として群衆を牽制すると、震えるフィリアの手を引いて出口へ向かう。
今日の出来事で、フィリアの名は学園中に轟くだろう。
「守られてばかりは嫌だ」と彼女が踏み出した一歩は、あまりにも大きく、鮮烈だった。教師として、その成長を喜ぶべきなのは分かっている。
だが、私だけが知っていたはずの彼女の輝きが世界に見つかってしまったこと。私の手を離れ、より広い場所へ羽ばたこうとしていることに、ほんの少し心に霧がかかる。
そんな独占欲にも似たかすかな不安を強く頭で否定し、賑わう体育館を後にして、私は静かな神聖学準備室へと戻るのだった。




