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第16話:教え子と研究をするようになってしまった

二学年に上がっても、フィリアの習慣は変わらなかった。

私が神聖学準備室にいる日は、昼休憩と放課後のチャイムが鳴るなり、当然のような顔でやってくる。基本は私の隣で静かに自習しているが、折に触れてお茶を淹れたり、机の上のカオスを整理したりと、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。


火曜と金曜の数学の講義も一学年の頃から続いている。ただ最近は、私が一方的に教えるというより、もはや「研究」と呼べる議論に発展することも珍しくない。


「……先生、ここ。マナの密度をスカラー量じゃなくて、時間軸を伴う波形として定義し直したらどうでしょうか?」

夏の足音が聞こえる五月中旬の放課後、フィリアが不意にノートを差し出してきた。マナの波形解析――つまり、フーリエ展開を魔術回路に応用しようという、驚くべき試みだった。


「マナを波形として捉える……特定の周波数成分だけを抽出して操作する、ということかい?」

「はい。特定の波長だけを干渉させて打ち消せば、『神聖魔法は通すが、攻撃魔法だけ打ち消す』ような、指向性を持つ防御結界が作れるはずです」


私は絶句した。基礎理論として目新しく、私も理解するのにかなりの時間を要した。

「理論上は可能だ。ただ、魔法陣の記述に落とし込むには項数が増えすぎて、陣が広場くらい巨大にならないか?」

「そこは計算の精度を動的に変えればいいんです。先生に教わった行列計算を使えば、記述の圧縮はできると思いますし……」

「精度を下げると、今度は高調波成分の魔力が漏れ出すが……特定の周波数帯以上を全カットするローパスフィルタや、窓関数も魔法陣として描く必要があるかもしれない。そんなこと、可能か?」


正直、この「マナを波形と捉える」という発想の転換には、舌を巻くしかなかった。

前世の私は「研究の新規性がない」と教授に突き放され、挫折を味わった。転生したからといって人間性が劇的に進化するわけではなく、己の凡才ぶりを突きつけられる局面の方が多い。

けれど、こうして教え子が、私の与えた数学という道具を使い、私をも超える瑞々しい発想で問いかけてくれる。その成長を特等席で見守れるのは、教育者としてこの上ない喜びだった。嫉妬がまったくないといえば嘘になるが、それを遥かに上回る感謝が胸に満ちる。

『救ったはずのフィリアに、私の方が救われているんだな……』


「先生、聞いてますか? 窓関数って何ですか?」

「ああ、ごめん。この辺りは教えていなかったね……ただ、私もあまり詳しくなくて。カイザー窓とかハン窓とか色々あるけど、概念としては……」

そんなふうに、私たちは数時間にわたって濃密な議論を交わす日も増えていった。


ふと、ゲーム本編のイベントを思い出す。

本来ならヒロインの聖女セレスティーナが、大神殿の研究職時代に成し得なかった偉業を、エリアスと共に達成するシナリオが、かなり終盤にあったはずだ。だが今、目の前の小さな天才少女は、それを二年以上も先回りしている。

『……もしかして、フィリアが「聖女」としてセレスティーナに代わってヒロインになりつつあるのかもしれない?』

そんな考えが頭をよぎったが、私はすぐに「あり得ない想像」として、お茶と一緒に飲み込んだ。


もう一つ、嬉しいフィリアの成長もあった。

最近、二週間に一度ほど、ここに来ない日が出てきたのだ。新しくできた友人コーデリア嬢と、お茶会やお出かけをしているのだという。

厳密に言うと、来ないのではなく、中座だが。

「先生、おかわりのお茶はティーポットの中にあるので、飲んでくださいね。また夕方戻るので、ちゃんといてくださいね」

「ああ。でも……せっかく友達と遊んでいるんだ。私のことは気にせず、もっとゆっくりしてきなさい」

私が親心でそう伝えると、フィリアは首を振った。

「それは駄目です。私がここに来ないと、コーデリアちゃんまで心配しちゃうんですから」

「友達にまで、だらしないと心配されてるのか、私は……?」

「いえ、そういうことでは……あ、急がないと。それでは行ってきます!」


どこか嬉しそうに微笑み、部屋を飛び出していく彼女。どうやら私は教え子から「世話を焼かないと死んでしまう駄目な大人」として、完全に認識されているらしい。

フィリアが淹れてくれた紅茶を啜りながら、私は少しだけ情けないような、それでいて温かい溜息をつくのだった。

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