第15話:(コーデリアSide)恋話に花を咲かせたい年頃 part.2
私は専属のメイドに昼食の給仕を命じ、フィリアさんを談話室へ案内した。
「フィリアさんも、サンドイッチで良かったかしら?」
「わ、私はお弁当がありますので……お構いなく……です」
大きめの椅子にちょこんと座る姿は、とても学園を揺るがす天才少女とは思えない。
メイドが食事を調達しに出ている間、私は自らお茶を淹れた。相手へのおもてなしは自らすること。それが我が家の誇り。幼少より仕込まれたお茶の作法には、人一倍の自信がある。
「……美味しい。これ、どんな茶葉を、どうやって淹れたのですか? 温度や蒸らし時間……詳しく、知りたい……です」
「あら、嬉しい。おかわりを差し上げる時に、ゆっくりお教えしますわね」
フィリアさんは、冬の終わりに咲く花のような笑顔を見せた。
「ありがとうございます。先生に、ちょっとでも美味しいお茶を飲んでもらいたいから……」
その一途な言葉に、私は今日の目的である『恋バナ』へと話を向けた。
「それで――先生とのご関係は、どこまで進んでいらっしゃいますの?」
フィリアさんは一瞬顔を赤らめたものの、すぐに寂しげな色を瞳に浮かべた。
「……まだ、一方的な私の片思い……です。大人の先生からしたら、私なんてこんなちんちくりん、恋愛対象になんて……うぅ……」
しまった、踏み込みすぎたかしら。
彼女は涙ぐんで俯いたが、やがて何かを決心したように、ぽつぽつと心の内を吐露してくれた。
「いえ、コーデリアさんは悪くないです。もし、先生が私を恋愛対象として見てしまったら、嬉しいけど……きっと、先生はこの学校にいられなくなる。生徒と教師が恋人同士なんて許されないし、まして私は中等部で、先生の教え子ですらない。先生はリスクを背負って、わきまえて私を傍に置いてくれている。それだけで、本当は満足しなきゃいけないんです」
彼女はティーカップを口元に運ぶと、小さな溜息を落とした。
「私はただ、空回りしているだけ……でも、空回りするしか私にはできなくて。嫌われたらどうしよう、相手にされなくなったらどうしようって、毎日不安で怖くて。少しでも嫌われないために何ができるか、いっぱい考えて、また空回りして。……今のところ、そんな感じです」
力なく笑う彼女を見て、私は胸が締め付けられるような衝撃を覚えた。
「恋愛って、もっと嬉しくて、楽しくて、その人がいるだけで世界が華やかに見える。そんなものだと思っていましたわ」
すると、フィリアさんはふるふると首を振って、熱っぽく語り出した。
「ち、違います。苦しいこともありますが、一緒にいられると、嬉しくて、楽しくて、本当に世界が華やかに見える……これは、本当です。先生を好きになったことに、これっぽっちの後悔もありません」
今度はフィリアさんの方から、恐る恐る問いかけてきた。
「その……私にこんなことを聞くということは、コーデリアさんは、どなたかに恋を……されているのでしょうか?」
「私が、恋を?」
問い返すと、彼女はハッとして、弾かれたように謝り始めた。
「ご、ごめんなさい! 私みたいなのが、失礼なことを……!」
「何も謝ることはありませんわ。そうですね……今の私は、『恋』というものに恋をしている。そう言うべきかしら」
真剣に首を傾げる彼女に、私は自分の境遇を打ち明けた。
「私には、祖父が決めた許嫁がおりますの。だから、恋をしたくとも、してはならない。それが貴族の娘としての義務だと思ってきました。だから、学年一の才女と言われるフィリアさんがどのような恋をされているのか、知りたかったのです。叶わないからこそ」
フィリアさんはしばらく考え込んだ後、静かに問いかけてきた。
「……その許嫁の方のことが、好きではないのですか?」
「好きか嫌いかといえば、好きですわ。好きになることが、私の義務だと思っていますから」
「……それは、恋と何が違うのでしょうか?」
真っ直ぐな問いに、私は言葉を詰まらせた。
「好きな人を、自分で選んだわけではないのです。決められた人を愛するほかない。そこには自由も、情熱もございません……」
すると、フィリアさんはしばらく黙り込んだ後、確かな足取りで言葉を紡ぎ始めた。
「……私みたいに運命的な出会いをした人を見たら、恋は勝手に『落ちるもの』だと思われるのも無理はありません。でも、私にとっての恋は、落ちるものじゃないです」
「落ちるものではない……?」
「恋とは、『覚悟を決めること』。この人が好きだと、『自分を定義すること』なのだと思っています」
彼女の言葉が、私の心に深く突き刺さる。
「先生はかっこよくて優しいけど、だらしないところも、駄目なところもいっぱいあります。だから、好きにならないと自分を定義することもできたはずなんです。もし明日、先生が別の人と結婚すると言われたら……とっても嫌だけど、私はやっぱり先生を好きじゃなかったと定義して、地元に戻って、親の決めた誰かを『好きだ』と定義して生きるのだと思います。……でも、今この瞬間は、私は誰よりも先生を愛すると、そう決めたんです」
フィリアさんの目に、強い光が宿った。
「決めたからには、もっと先生を知ろうと努力して、知れば余計に好きになって、先生の幸せのために頑張ることが楽しくなって……。『数学』で言うと指数関数的というか……あ、分からないですよね。だから、もしコーデリアさんが『恋に恋している』なら、まずは覚悟を決めて、その許嫁の方をもっと知ろうと努力されるのが、いいのかなと……。あ、ごめんなさい! 私、生意気でしたよね……っ!」
私は、目から鱗が落ちるとはまさにこのことだと思った。
義務だから恋ではない、と諦めていた。けれど、そうではない。自分から歩み寄り、その人を愛すると決める。その「意志」こそが恋なのだと。
「……フィリアさん」
「ふぇっ……?」
私はたまらず立ち上がり、彼女の元へ駆け寄ると、その小さな身体を思い切り抱きしめた。
「ふえぇ……!? こ、コーデリアさん!?」
「フィリアさん……いえ、フィリア! 私と、お友達になってくださいませ!」
「うぇえ!? と、ともだ……ぢぃ?」
あまりの嬉しさに、私はしばらく彼女を離さなかった。
「コホン。お嬢様、そろそろ離して差し上げませんと、ご学友が苦しそうです」
いつの間にか戻っていたメイドのカレンが、困ったように声をかける。
「ご、ごめんなさい! 私ったらつい……」
真っ赤になって呆然としているフィリア。その姿がまた愛くるしくて、私はくすくす笑ってしまった。
春の柔らかな光が差し込む昼下がり。私は、この素晴らしき出会いをもたらしてくれた精霊たちに、心からの感謝を捧げるのだった。




