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第13話:(フィリアSide)冬休み明けの何気ない1日

「お弁当は二人分……うん、大丈夫」


冬休みが終わり、ようやく始まった登校日。私はこの日を、指折り数えて待ちわびていた。

二週間。丸々二週間もの間、大好きな先生に会えていなかったから。


帰省中だろうと、授業中だろうと、寝ている間だろうと、先生のことを想っていない時間なんて一秒たりとも存在しません。それは当たり前です。けれど、年末の使用済みタオルの香りは数日で消えてしまい……深刻な「エリアス欠乏症」だったのです。


午前中の授業が終わると同時に、私は大きめのお弁当袋を掴み、一目散に教室を飛び出しました。向かう先は高等部校舎の二階、神聖学講堂の入口手前にある、あの準備室。今日は休み明け初日で、授業も午前中だけ。午後はずっと二人きりで過ごせるのだと思うと、胸の鼓動がうるさいくらいに高鳴ります。


扉の前で深呼吸を一つ。少し重たい扉を押し開けると、そこには大好きな優しい空気と、かすかに漂う先生の甘い香り。私の、世界で一番大好きな場所。執務デスクに座った想い人が、私に気づいて柔らかな眼差しを向けた瞬間、胸がぎゅっと締め付けられました。


「フィリア、いらっしゃい。あけましておめでとう。……ズ、ズズッ……」


けれど、聞こえてきたのは、いつもの凛とした響きではなく、ひどい鼻声。先生の周りを浮遊する守護精霊たちも、どこか元気なさそうに沈んでいます。

愛しい人が苦しんでいる。それだけで、私の世界は一気に暗雲に包まれます。

「たかが風邪」なんて、治癒の魔法を使えるエリアス先生には、一切当てはまらないのです。

それなりに酷い病気なのでしょう。


「せ、先生、風邪ですか!? 熱は……っ」


駆け寄りながら、私の脳裏に欲望が閃光のように走りました。

『おでことおでこを密着させて熱を測れば、先生のお顔を至近距離で拝めるのでは!?』

素晴らしい名案、と実行に移そうとした瞬間、先生はふわりと立ち上がってしまいました。

身長百八十センチを超える先生と、百四十センチしかない私。一度立たれてしまうと、どれだけ背伸びをしても、おでこを合わせるなんて夢のまた夢。むぅ、あとちょっとだったのに……。


先生はティッシュで鼻をかみました。

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。熱は正月に出て、もう下がってる。鼻水だけが、どうにもしつこくてね」


先生が丸めてゴミ箱に捨てたティッシュ。あふれんばかりに溜まったその山は、今の私にとってはキラキラと輝く宝の山。

『先生が目を離した隙に、二、三個……いえ、五個は連れて帰ろう。ふふっ』

また一つ、私の「先生コレクション」が増える喜びが、不安を少しだけ上書きしてくれました。


「良かったです。でも、ぶり返したら大変ですから、無理は禁物ですよ?」

「はは、そうだね。ありがとう」

「これ、今日のお弁当です。すぐにお茶を淹れてきますね」


でも明日はお茶じゃなくて、特製のはちみつ生姜湯を持って来ましょう。少しでも先生が楽になるように。


いつものように、先生は執務デスク、私はソファのテーブルにお弁当を広げ、本を読みながら静かに昼食。会話はありません。でも、私はこの静寂が愛おしくてたまらない。ここでする勉強は不思議なほど理解が進みます。きっと先生と、彼に寄り添う精霊たちが放つ特別な波長のせいなのでしょう。


「ごちそうさま。今日も本当に美味しかったよ。卵に味がよく染みてた」

具体的に褒められるたび、私の心はとろけてしまうのです。


先生は「慣れているから」と、東方の国の道具であるお箸を器用に使いこなします。休みの日に王都中を歩き回って、先生に似合う「ちょっと良いお箸」を買ったのは内緒。


本当は今日、数学を教えてもらう約束だったけれど、先生の鼻水が辛そうなので、テキストをもらって自習することに。

最近学んでいる「線形代数」の行列計算が、実に興味深いのです。魔法の座標制御に応用できるだけでなく、精霊の配置や指揮系統を記述するのにも適していそう。今晩、寮に帰ったら精霊達(みんな)に意見を聞きながら、計算式を練り上げてみましょう。


下校時刻の十五分前。沸かしたお湯で濡らしたタオルを温かいお絞りにして、先生に差し出します。

「今日も一日、お疲れ様でした」

「……ああ、いつもありがとう」

お絞りで顔や首筋を拭う先生の、ふと力の抜けた首筋がどこか艶っぽくて、私はいつも目を逸らすことができません。


使い終わったタオルを回収し、一日の片付けを始めます。

先生は生活能力に欠けるので、私がお世話をしないと、すぐにゴミや埃が溜まってしまうのです。申し訳なさそうに私を見つめる先生の困り顔も、最高に可愛くて大好きです。


「それでは先生、今日もありがとうございました」

「こちらこそ。また明日」

「はい。お身体、大事にしてくださいね」


名残惜しさを振り切るようにして、私は聖域を後にしました。


女子寮に帰る前に、行きつけのお店で明日の食材を買い込みます。はちみつと生姜を忘れずに。寮の食堂は騒がしく先輩の視線も嫌で、自炊が基本です。


部屋に戻るとすぐ、カバンから「先生が使ったタオル」を取り出し、深く、深く顔を埋めます。鼻腔いっぱいに広がる先生の甘い香り。それから、お弁当袋から先生の箸箱を取り出し、そっと……間接キスで、先生への愛を再び心に刻み込みます。


……もちろん、罪悪感がないわけではなく、ふとした瞬間に猛烈な自己嫌悪に襲われることもあります。けれど、そんなことより「先生を感じること」の方が、私にとっては数万倍も優先順位が高い。誰にも迷惑はかけていない――そう自分に言い聞かせないと、歪んだ形でしか愛を叫べない自分の惨めさに押し潰されそうになりますが、後悔なんて微塵もありません。


満足いくまで先生を堪能した後、夕食の準備と明日のお弁当の仕込みを済ませます。

先生の使ったお箸は、しっかり洗浄して水分を拭き取った後、清潔を保つための「保護術式」を重ねます。こうしておけば、箸の先端に口づけしても、雑菌を気にせず、安全に先生と「繋がる」ことができるのですから。


家事を終え、今日一日の出来事を精霊達(みんな)と話します。驚くほど知能が高い子ばかりで、彼らとの対話は私にとって大切な癒やしであり、勉強の時間でもあるのです。その夜は、みんなと一緒に「先生が鼻をかんだティッシュ」の成分解析を行いました。


夜の九時頃、心地よい疲労感に包まれ、先生の使ったタオルを枕元に敷き、その香りに包まれながら、幸せな気持ちで眠りの海へと落ちていきます。


『先生は今、何をしているの……』

『やっぱり、匂いだけじゃ足りない……』

『もっと先生を守ってあげたい……もっと、もっと近くに感じたい……ねぇみんな、何か良い方法はないのかな……?』


私の恋心は、夜の闇に溶け込みながら、さらに深く、熱く、募っていくのでした。

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