第11話:何だかんだ魔術談義をすることになってしまった
フィリアが淹れてくれたコーヒーを口に運びながら、私は内心で頭を悩ませていた。
彼女の将来を思えば、同級生であるカスピアンとの邂逅は後押ししてやりたい。だが、あの怯えようを見る限り、素直に承諾してくれる気配はないだろう。
さて……なんと切り出したものか。
自分が座っている椅子をソファの方へ向けると、フィリアは黙々と、私が教えた数学のノートを見返しているところだった。
「えっと、フィリア……今、少し話しても大丈夫かい?」
ノートから目を上げた彼女は、キョトンとした表情で私を見た。
「えーっと……その、さっき、カスピアン君と話をしてきたんだが……まずは、君をひどく怖がらせてしまったことを謝っていたよ」
「あ……はい……分かりました。今後、声さえかけてこなければ、別に何とも思ってないです」
カスピアンのあの異常なまでの情熱に対し、フィリアは心の底から「どうでもいい」といった様子で、あっさりと斬り捨てた。
「あと、そうだね。フィリアと『魔法体系における共通理論論考』に関して、ぜひ議論がしたいと言っていたよ。何を話したかは知らないけれど、君の受け答えにいたく感動していたようだ」
「あ……はい……そうですか。でも、私は彼とお話しする気はありません」
まぁ、そうだろうな。
「そうか……。えっと、ちなみになんだが、同年代の友達とかは欲しくないのかい? 彼ならきっと、君の良い友人になってくれると思うのだけれど……」
すると、フィリアはあからさまにムスッとした表情を見せた。
「別に、そこまでお友達が欲しいとは思いませんし……女子のお友達ならともかく、いきなり男子はちょっと……嫌です。それに……」
「それに?」
フィリアは少し恥ずかしそうに上目遣いで私を見つめ、ぼそりと呟いた。
「……先生は、その……私が、他の男子と仲良くしていて……平気なんですか……?」
言い終えると同時に、彼女は真っ赤になって顔を伏せ、モジモジと指先をいじり始めた。
「そうだね……」
確かに、カスピアンのようなグイグイ来るタイプの男子は、小動物のような彼女には刺激が強すぎるかもしれない。それでも、これはフィリアにとって交友関係を広げるせっかくのチャンスなのだ。教師として、ここは背中を押すべきだろう。
「フィリアがより良い学生生活を送れるのであれば、女子でも男子でも、私は構わないと思っているよ」
私が真面目に答えると、フィリアは「はぁ……」と深いため息をつき、明らかに残念そうな顔をした。
「まぁ……そう答えるって、知ってましたけど……やっぱりなんか、ちょっと複雑です……」
「そっか……」
フィリアはコーヒーを一口飲むと、会話を打ち切るように再びノートへ目を落とした。
私は次にかける言葉が見つからず、黙り込んでしまう。
仕方がない。カスピアンには「伝えたけれどダメだった」と断りを入れるしかないだろう。
静かな時間が流れるが、フィリアはどこか居心地が悪そうにしている。
しばらく様子を窺っていると、やがて彼女はもう一度、今度は少し諦めたようなため息をついた。
「カスピアン君……でしたっけ。もし、エリアス先生が一緒に居てくれるなら、一回だけなら、別にお話ししても構いません。先生も彼に断りづらいでしょうし……いつも、良くしてもらってますから……」
フィリアは唇を尖らせて、明らかに不満そうではあるが、譲歩してくれた。
「本当にいいのかい? 嫌なら無理にとは言わないよ」
「その代わり……何かあったら、ちゃんとフォローしてくださいね」
「ああ、分かった」
「あと、お話し中はずっと私の隣に居てください。離れちゃダメです」
「分かったよ。いいよ」
その返事を聞いて、フィリアはようやく不満げな顔を緩め、パッと花が咲いたような笑顔を見せた。
「あ……あと……えっと……ついでに、また週末、一緒にお出かけ……したいです……」
少し身を乗り出し、甘えるような上目遣いでおねだりを重ねてくる。
「えーっと……うーん。今回だけ、特別だよ?」
フィリアも彼女なりに、一歩前へ踏み出そうと努力しているのだ。これくらいのご褒美はしてあげても罰は当たらないだろう。
「やったぁ! じゃあ、あと、あと……えっと……」
「これ以上はなし」
「ちぇ……」
口では残念そうにしていたが、その表情がすっかり明るくなっていたのを見て、私も安堵した。
――翌々日の放課後。
私とフィリアは、事前に利用申請を出していた校内の談話室へと向かっていた。
180センチを超える私を先頭に、その後ろで140cm程度のフィリアは、私のシャツの裾をギュッと強く握りしめながらついてくる。
「準備室を使ってくれてもよかったのに」
「それは、私が嫌なんです。……だって、あそこは……私にとって特別な場所ですし……あまり知らない人に、ずかずか踏み込まれたくありません」
背中越しで表情は見えなかったが、フィリアにしては珍しく、語気が強かった。
なんだかんだで、彼女にとってもあの神聖学準備室は「自分の部屋」のような、強い愛着とテリトリー意識が生まれているのだろうか。
それが教育的に良いことなのか悪いことなのかは、なんとも判断がつかない。フィリアが私の準備室に引きこもっていることで、彼女が本来歩むはずだった青春の可能性を潰してしまっているのではないか、という罪悪感も常にある。
ただ、一つだけ言えるのは――もしフィリアがあの部屋からいなくなったら、きっと私自身がひどく寂しい思いをするのだろうな、ということだ。身の回りの世話を彼女に甘えっぱなしだから、という打算的な理由もあるのだが。
談話室の扉を開けると、すでにカスピアンが部屋で待ち構えていた。
「ようこそいらっしゃいました! 私の無理なお願いを聞き入れていただき、本当にありがとうございます!」
カスピアンは目を爛々と輝かせ、熱烈に私達を出迎えてくれた。
一方のフィリアは、私の背中に完全に隠れ、顔も出さず、挨拶の返事すらしようとしない。
「おーい、フィリア」
私が小声で呼びかけても、シャツの裾を握りしめたままギュッと固まり、微動だにしない。
私は彼女の緊張をほぐすため、背中に回した手でその頭を軽く撫で、代わりにカスピアンへと挨拶を返した。
「こちらこそ、今日を楽しみにしていました。若い才能がこうして語り合えることは、きっとこの国の未来にとっても貴重な時間になるのだと期待していますよ」
ふと、カスピアンの背後に、もう一人の人影があることに気がついた。
同じ年頃の、銀縁眼鏡をかけた大人しい印象の少女。中等部の制服をきちんとおとなしく着こなしている。
「エリアス先生、フィリアさん。はじめまして。本日、フィリアさんが過剰に不安にならないようにと、愚弟に頼まれて同席しております。双子の姉のコーデリアと申します」
コーデリアと名乗った少女は、静かな足取りで私の方へ歩いてくると、背後に隠れるフィリアと同じ目線になるよう少し屈み、優しく穏やかな声で言った。
「今日は、フィリアさんにお会いできるのを楽しみにしていました。もし弟が熱くなりすぎて変なことを言ったら、すぐに私が叱りますから。今日はどうか、安心してお話ししてもらえると嬉しいです」
微笑みながら語りかけるコーデリアの柔らかい物腰に、フィリアも少しだけ緊張が解けたのか、私の背中から半分だけ顔を出した。
「は……はい……。よ、よろしくお願いします……」
小さく、けれどしっかりと挨拶を返す。
それを見た私は、(この子が、フィリアの初めての同性の友達になってくれたりしないだろうか)と、教師としての淡い期待を寄せるのであった。




