第9話:なんだかんだで楽しい楽しい一日になってしまった
仕切り直された初めての「二人きりのお出かけ」は、その後、概ね順調に進んだ。
口をゆすいで乾きを癒やしてから、まずは服を買いに向かった。たまたま通りかかった場所に、活気のある商店街があったのは幸いだった。
私の白シャツはすぐ見つかったが、フィリアの服選びは難航した。小柄な体躯に合う在庫がなかなか見つからないのだ。店を出るたび残念そうに肩を落とすが、次の店へ向かう足取りは、どこか楽しげに弾んでいた。
三軒目のブティックでようやく小サイズを見つけ出し、白いロングスカートと黒のブラウスを提案した。初めて袖を通す大人向けの装いに、彼女は鏡の前で何度も自分を確かめる。
「……あの、似合って…ますか?」
不安げな上目遣いに、私は迷わず頷いた。
「ええ。とてもよく似合っていますよ」
嘘偽りない本心だった。ロングスカートは幼い等身をすらりと見せ、黒のブラウスは白銀の髪を鮮やかに引き立てている。Sサイズでも少し大きく、「服に着られている」ような危うい可愛らしさがあるのは、まあご愛嬌だろう。
会計の際、店主がにこやかに話しかけてきた。
「今日は娘さんとデートですか? 仲が良くて羨ましいですね」
百八十センチ超の私と百四十センチ程度のフィリアでは、親子に見えるのも無理はない。
「ええ、まあ、そんなところです」
波風を立てぬよう合わせると、隣でフィリアが「むぅ」と頬を膨らませた。
「……むすめ、じゃないです。せめて妹とか……」
どうやら、子供扱いされるのが不満な年頃らしい。
その後、少し遅めの昼食をとるために古風なカフェへ入った。サンドイッチを頬張りながら、私はコーヒー、フィリアは紅茶を啜る。
「もしかして、先生は紅茶よりコーヒー派だったんですか?」
「ああ。朝はコーヒーを飲まないと、なかなかエンジンがかからなくてね」
すると、フィリアが身を乗り出してきた。
「そうでしたか! じゃあ……今度からはコーヒーの粉を買って、先生のところへ行きますね」
「いや、飲みたかったら私が自分で買うから。持ってこなくていいよ」
「どうしてですか。茶葉の持ち込みは禁止されましたが、コーヒーについては何も言われていません!」
「そういう屁理屈を……。これは大人としての面目の問題なんだ」
「面目より、私がそうしたいんですッ! 服だって買ってもらいましたし」
数学であれほど論理的だった少女が、めちゃくちゃな理屈を押し通してくる。これには苦笑するしかなかった。
食後は古本屋へ。私は神聖学の古典論理の本を数冊。フィリアは「魔法体系における共通理論論考」――三百年以上前に理論派の聖女ルーティアが著した、今もなお様々な学問のルーツとして重要な難解な本を、熱心に立ち読みしていた。
「それなら準備室に転がっているから、今度貸してあげようか」
「本当ですかっ!?」
目を輝かせて本を棚に戻す彼女。大学生が数人で輪読するような代物だが、今の彼女なら普通に読破し、月曜には私に鋭い考察を吹っかけてくるのだろう。
店を出ると、フィリアの足取りが急激に重くなった。
無理もない。昨夜から一睡もせず、パニックを起こして泣きじゃくったのだ。どこかで休ませたいが、この年齢差でホテルへ連れ込むわけにはいかない。
私は冷たい水を買い、店員に教わった近くの公園へと向かった。木陰のベンチに腰を下ろすと、隣でフィリアが半分まどろみながら呟いた。
「せんせぇ……膝、貸してくれるって、約束……ですよぉ……」
「ああ、覚えているよ。おやすみ、フィリア」
コテン、と私の膝に小さな頭が乗る。規則正しい寝息が聞こえ始めるまで、そう時間はかからなかった。
「……良くも悪くも、やっぱりただの少女だな」
安らかな寝顔を見て、少しは大人としての「面目躍如」ができただろうか、と独りごちる。秋晴れの土曜日、昼下がり。手持ち無沙汰になった私は、先ほど買った本をパラパラとめくる。心地よい風と、膝の上で時折伝わってくる柔らかな感触。こんな風に過ぎていく休日も、悪くないかもしれない。
日が傾き始めた頃、膝の上の「主」がごそごそと動き出した。薄目を開けた彼女が、寝ぼけ眼のまま私のシャツに鼻を近づけ、「……すーはー」と深呼吸するように匂いを嗅いでいるのに気づく。
「……そろそろ起きようか。フィリア」
「ひゃいっ!? ぁ……えっと、はい、おはようございます……っ!」
赤くなる彼女をそっと促し、波乱に満ちた、けれど少しだけ距離が縮まったような、初めてのお出かけは幕を下ろすことにした。




