白無垢②
澄んだ青空。
木々の隙間から差し込む光が、石畳を柔らかく照らしている。
貸し切られた神社は静まり返り、鳥居の朱色だけが鮮やかに映えていた。
夫はすでに紋付袴姿で待っている。
黒がよく似合う。背筋を伸ばし、凛とした佇まい。
その時、控室の襖が静かに開いた。
白無垢姿の妻が、ゆっくりと姿を現す。
綿帽子の下から覗く穏やかな瞳。
白一色に包まれたその姿は、年齢を超えた静かな美しさを湛えていた。
夫は一瞬、言葉を失う。
「……お前」
妻は少し照れたように微笑む。
「似合いませんか?」
夫はゆっくり近づく。
「いや」
一歩、また一歩。
「反則だろ」
「反則?」
「惚れ直した」
妻の頬が赤く染まる。
「もう結婚して何年も経っているのに」
「関係ない」
夫は真剣な目で言う。
「俺は今日、初めてお前を花嫁として見る」
妻の指先がわずかに震える。
「……デートみたいですね」
「そうだ」
即答。
「今日は二人きりだ。結は佐川に任せた」
「佐川、きちんと結を見てくれているかしら」
「俺が命じてある。問題ない」
妻は少し笑う。
「あなた、本当に全部手配したのですね」
「当然だ。お前は何も考えなくていい日だ」
石畳の中央へと並んで立つ。
カメラマンが位置を調整する。
「もう少し近づいてください」
夫は自然に妻の腰に手を添える。
妻が小さく息を飲む。
「あなた……」
「嫌か?」
「……嫌ではありません」
「ならそのまま」
シャッター音が静かに響く。
何枚も、角度を変え、場所を変え、撮影は続く。
鳥居の前。
本殿を背に。
石灯籠の横で。
そのたびに夫は妻を見つめる。
「何ですか」
「綺麗だと思ってる」
「そんなに何度も言わなくても」
「何度でも言う」
妻はくすっと笑う。
「あなたは、本当に変わりませんね」
「お前の前ではな」
撮影の合間、妻が夫を見る。
「あなたも、なんでも似合いますね」
「そうか?」
「ええ。紋付も、スーツも、なんでも」
少しだけ視線を落とし、
「隣に立つのが、誇らしいです」
夫の目が柔らぐ。
「俺の台詞だ」
最後の一枚。
二人並んで、正面を見据える。
静かな、穏やかな表情。
撮影が終わり、カメラマンが頭を下げる。
「素敵なお二人でした」
夫が軽く礼を返す。
控室に戻り、妻はほっと息をつく。
「……撮って良かったです」
夫は振り返る。
「本当か?」
「ええ」
綿帽子を外しながら言う。
「最初は少し不安でした。でも」
夫を見る。
「あなたがあんな顔で見つめるから」
「どんな顔だ」
「……大事なものを見る顔です」
夫は小さく笑う。
妻は静かに頭を下げる。
「ありがとう、あなた」
「礼なんていらない」
「いります。今日のこと、一生忘れない」
夫は少し考え、冗談めいて言う。
「じゃあ次はウェディングドレスでも撮るか」
妻はぴたりと動きを止める。
「それは断ります」
即答。
夫が笑う。
「早いな」
「きっぱりです」
「どうしてだ」
「白無垢は、静かでいい。でもドレスは……」
少し困ったように微笑む。
「恥ずかしすぎます」
「見たいんだがな」
「却下です」
「強いな」
「あなたが強引だから、私も強くなりました」
夫は肩をすくめる。
「まあいい。今日で満足だ」
妻はそっと夫の袖をつまむ。
「……本当に、ありがとう」
夫はその手を包む。
「俺が欲しかっただけだ」
「何を?」
「お前の花嫁姿」
静かな空気。
遠くで風が木々を揺らす。
夫は低く言う。
「また惚れた」
妻は柔らかく微笑む。
「困りますね」
「どうしてだ」
「これ以上惚れられたら、逃げ場がありません」
夫は近づき、耳元で囁く。
「逃がす気はない」
妻は小さく笑い、頷いた。
「ええ、あなた」
石畳の上、二人の影が並んで伸びている。
それは、これからも重なり続ける影だった。




