夫婦の未来⑧ 〜妻の胸の内〜
夜の寝室。
彼の腕の中で、私は目を閉じながらも、すぐには眠れなかった。
胸に当たる規則正しい鼓動。
背中を撫でる一定の手の動き。
それだけで安心する自分がいる。
――弱い。
そう思う。
昼間はあれほど整えていられるのに、
夜になると、どうしてこんなにも不安になるのだろう。
「少しでも食べろ」
あの言葉。
叱るでもなく、命じるでもなく、ただ心配する声だった。
自分のために、そこまで言ってくれる人がいる。
その事実が、嬉しくて、怖い。
失いたくないから。
猫カフェ。
思い出すだけで、少し笑みが浮かぶ。
彼がそんな提案をするなんて。
きっと不器用な優しさ。
慰めようとしているのだと分かっている。
それでも嬉しかった。
――覚えていてくれた。
自分の小さな好みを。
年齢のことを口にしたとき。
本当は聞きたくなかった。
もし、ほんの一瞬でも迷う顔をされたら。
それに耐えられないと思った。
でも彼は迷わなかった。
何度も、同じ答え。
「俺はお前といる」
あんなふうに言い切れる強さ。
自分はそれに値するのだろうか、と不安になる。
私は完璧でいたい。
彼の隣に立つ妻として。
けれど完璧であろうとするほど、
「母」になれないかもしれない未来が、影のように付きまとう。
37歳。
数字は冷静だ。
可能性は下がる。
医学的にも、現実的にも。
それを分かった上で、彼は離れないと言う。
――本当にいいの?
心のどこかで、まだ問い続けている。
でも。
今は腕の中にいる。
それが事実。
「朝まで一緒にいてほしい」
言えたことが、少しだけ誇らしい。
強がらずに、頼れた。
それを拒まれなかった。
私は、この人を愛している。
そして、この人も私を愛している。
それだけで足りるのだろうか。
足りる、と信じたい。
子どもができなくても。
ただ二人で年を重ねる未来でも。
胸の奥に、まだ小さな願いはある。
もし授かれるなら。
でも、それが叶わなくても。
彼の隣で笑っていたい。
猫カフェで、膝に猫を乗せて笑う自分を想像する。
その隣に、彼がいる。
それでいい。
背中を撫でる手が、ゆっくりと規則正しく動く。
この腕がある限り、私は大丈夫。
そう思いながら、私は静かに眠りへ落ちていった。




