あれから④
少し前、
結の大学が決まった頃に遡る。
冬の終わり、まだ冷たい風が残る夜だった。
相馬の自宅。
落ち着いた和室のテーブルに、湯気の立つお茶が置かれている。
向かい合って座る二人。
相馬と佐川。
しばらく静かな時間が流れていた。
相馬が言う。
「結お嬢様」
佐川が頷く。
「はい」
「北海道でしたね」
「獣医学部」
佐川は少し微笑む。
「立派になられました」
相馬も穏やかに頷く。
「ええ」
「奥様も、きっと喜んでおられるでしょう」
少し間。
相馬が静かに続ける。
「社長も」
「ほっとしているでしょう」
佐川が言う。
「ええ」
「旦那様も」
「結お嬢様のことを、とても誇りに思っておられました」
相馬がゆっくり息を吐く。
「……惠さん」
佐川が顔を上げる。
「はい」
相馬は少しだけ表情を柔らかくする。
「以前」
「お伝えしましたね」
佐川はすぐに思い出す。
結が自立したら。
その時に。
相馬が言った言葉。
「……はい」
相馬は静かに言った。
「結お嬢様が自立されました」
佐川は黙って聞く。
相馬が続ける。
「約束通り」
少しだけ照れたように微笑む。
「改めて申し上げます」
そして真っ直ぐに言った。
「惠さん」
「私と結婚していただけませんか」
静かな部屋。
佐川は少し目を伏せる。
そしてゆっくり顔を上げる。
頬がほんのり赤い。
「……はい」
小さく微笑む。
「喜んで」
相馬の表情が少しだけ柔らかくなる。
しかし佐川は続けた。
「ですが」
相馬が聞く。
「はい」
佐川は静かに言う。
「私は相馬さんを支えたい」
「ですが」
少し間。
「旦那様のことも時折、見守らせていただきたいのです」
相馬はすぐに理解した。
ゆっくり頷く。
「もちろんです」
そして言う。
「それは」
「私も同じです」
佐川が顔を上げる。
相馬は続ける。
「私もこれからも支えていきます」
佐川も微笑む。
「はい」
二人は少し笑い合う。
相馬が言う。
「私たち、もう若くはありません」
佐川が言う。
「還暦もですからね」
相馬が肩をすくめる。
「ええ」
「ですが」
少しだけ冗談のように言う。
「気持ちはまだ元気です」
佐川が笑う。
「そうですね」
二人の間に、穏やかな空気が流れる。
長い年月。
多くの出来事。
悲しいことも、嬉しいこともあった。
それでも。
二人はここまで歩いてきた。
そしてこれからも。
相馬が静かに言う。
「これからも」
佐川が頷く。
「はい」
二人は同じ未来を見ていた。




