あれから② 〜夫の胸の内〜
結が自分の部屋へ戻ったあと。
リビングには静かな夜が残っていた。
俺はソファに座ったまま、手に持っていたコーヒーをゆっくり飲む。
窓の外には街の灯り。
「……」
四月から。
結はいなくなる。
北海道。
六年間。
思っていたより早かった。
(大学までは)
この家にいると思っていた。
通える距離の大学に進むと、どこかで思っていたのかもしれない。
だが。
結は自分の道を選んだ。
獣医になるための大学。
北海道。
「……立派だ」
小さく呟く。
誇らしい気持ちもある。
同時に。
胸の奥が少しだけ空くような感覚。
(いよいよか)
結が生まれてから。
ずっと中心にあった時間。
朝の会話。
食事。
何気ないやり取り。
それがなくなる。
この広い家に。
自分一人。
(佐川も)
きっと、そう遠くないうちに。
相馬と一緒になるだろう。
それが自然だ。
むしろ。
そうなってほしいと思っている。
だから。
「……俺一人だな」
リビングを見渡す。
静かな空間。
十年前。
妻を失った夜を思い出す。
あの時の孤独は。
今でも忘れない。
(あの時とは違う)
そう思う。
今は。
結がいる。
周りの人もいる。
そして。
何より。
「……お前がいる」
夫は棚の写真を見る。
妻の写真。
昔と変わらない笑顔。
「結、立派になったぞ」
心の中で言う。
北海道に行く。
獣医になる夢を追って。
「お前に似てるな」
真っ直ぐで。
優しくて。
意思が強い。
夫は小さく息を吐く。
寂しさはある。
これからも。
きっとある。
でも。
(それでいい)
それが。
親というものだろう。
子供は育ち。
家を出て。
自分の人生を歩く。
それを見送る。
夫は静かに思う。
(大丈夫だ)
自分は。
もう、あの頃の自分じゃない。
寂しさや孤独が来ても。
きっと。
耐えられる。
そして。
妻に向かって心の中で言う。
「……ちゃんと見送るよ」
結の旅立ちを。
笑って。
誇らしく。
それが。
父親としての役目だからだ。




