虹③ 〜夫の胸の内〜
寺を出て、みんなで歩き始める。
雨はすっかり止み、空は澄んだ青に戻っていた。
そしてその空に、はっきりとした虹がかかっている。
俺は少し足を止め、空を見上げる。
「……」
胸の奥に、静かな想いが広がる。
十年。
長かったのか、短かったのか。
あの日から今日まで、必死に生きてきた。
仕事に向き合い。
結を育て。
周りの人に支えられながら。
それでも。
(完全に立ち直れたわけじゃない)
それは自分が一番わかっている。
ふとした瞬間に思い出す。
一人で帰る夜。
何気ない会話。
隣にいたはずの人。
胸の奥にぽっかり空いた場所は、今も消えたわけではない。
(これからも)
きっと。
寂しさを感じる日がある。
孤独を感じる夜もある。
それは多分、一生なくならない。
小さく息を吐く。
そして空を見上げる。
虹。
結が言った言葉を思い出す。
「ママかな」
俺は小さく笑う。
(……お前か)
そう思う。
十年経っても。
こうしてどこかで見ている気がする。
結が笑い。
周りの人たちが穏やかに過ごしている姿を。
きっと。
あの人は安心したいのだろう。
俺は思う。
(まだ)
完全に立ち直ったわけじゃない。
でも。
前よりは歩けている。
結がいて。
佐川がいて。
相馬がいて。
今日もこうして、みんなが集まっている。
それは。
あの人が残してくれたものだ。
夫は小さく呟く。
「……大丈夫だ」
誰に言うでもなく。
心の中で続ける。
(心配するな)
まだ時々立ち止まるかもしれない。
寂しくなる日もある。
でも。
前を向いて生きていく。
それが。
残された自分の役目だ。
そして。
(お前が)
天国から見ていても。
安心できるように。
笑っていられるように。
俺はもう一度、空を見上げる。
虹はまだ空にかかっていた。
まるで。
どこかで誰かが、静かに見守っているかのようだった。




