虹①
六月六日。
妻の命日。
あれから十年。
梅雨入り前だが空はよく晴れている。
しかし空気は重く、少し蒸し暑い。
寺の境内には静かな風が流れていた。
妻の眠る墓の前。
そこに三人が立っている。
夫。
結。
そして佐川。
まだ墓の前には立たず、少し離れた場所で待っている。
結が空を見上げる。
「今日、暑いね」
夫が言う。
「ああ、暑いな」
佐川が言う。
「ですが、お天気で良かったです」
結が笑う。
「ママ、晴れ女だったのかな」
夫が小さく微笑む。
「そうかもしれないな」
その時、境内の入口から足音が聞こえる。
夫が振り向く。
「社長」
相馬だった。
黒いスーツ姿で、静かに歩いてくる。
「来てくれたか」
「はい」
相馬が軽く頭を下げる。
「おはようございます」
佐川も軽く会釈する。
「おはようございます、相馬さん」
結が手を振る。
「相馬のおじさん!」
相馬が少し笑う。
「おはようございます、結お嬢様」
その時。
境内に一台の車が入ってくる。
夫が言う。
「……来たな」
車が止まり、ドアが開く。
降りてきたのは妻の両親だった。
夫はすぐに歩み寄る。
「お久しぶりです」
深く頭を下げる。
祖父が手を振る。
「いやいや、こちらこそ」
祖母も言う。
「毎年本当にありがとう」
夫が顔を上げる。
「いえ」
祖父が続ける。
「車まで手配してもらって助かっているよ」
祖母も頷く。
「こうして毎年来られるのも、あなたが気にかけてくれているおかげ」
夫は静かに言う。
「当然のことです」
祖父が少し空を見上げる。
そして言う。
「……あの子は」
小さく笑う。
「幸せ者だったな」
夫は少し目を伏せる。
「……そう言っていただけると」
「ありがたいです」
その時。
結が元気に声を上げる。
「おじいちゃん!おばあちゃん!」
二人が振り向く。
「結!」
結が近づく。
「久しぶり!」
祖母が笑う。
「本当に久しぶりね」
祖父も目を細める。
「また大きくなったな」
結が笑う。
「でしょ?」
祖母が言う。
「前に会った時よりまた一段と背が伸びた」
祖父が頷く。
「もう立派なお姉さんだ」
結が照れながら笑う。
「まだ中三だよ」
佐川も丁寧に頭を下げる。
「ご無沙汰しております」
祖母が優しく言う。
「佐川さんも元気そうで安心した」
相馬も一歩前に出て頭を下げる。
「相馬と申します」
祖父が言う。
「生前、娘がお世話になりました。ありがとうございます」
相馬が答える。
「いいえ、こちらこそ」
しばらく穏やかな会話。
そして夫が静かに言う。
「……では」
「参りましょう」
全員で墓の前へ歩く。
墓石の前。
静かな空気。
最初に夫が手を合わせる。
目を閉じる。
結も隣で手を合わせる。
「ママ」
小さく言う。
「来たよ」
祖母が手を合わせる。
「久しぶりね」
祖父も静かに言う。
「元気にしてるか」
佐川が深く頭を下げる。
「奥様」
相馬も静かに手を合わせる。
それぞれが。
それぞれの想いで。
妻に声をかけていた。
十年の時間を越えて。




