結の二泊三日の修学旅行①
翌週の朝。
タワマンの玄関は少し慌ただしい空気だった。
大きめのバッグを肩にかけた結が靴を履いている。
「パパ、行ってくるね」
夫はネクタイを整えながら言う。
「ああ、二泊三日な」
結が笑う。
「そう、二泊三日」
佐川がバッグを軽く整える。
「結お嬢様、お忘れ物はございませんか」
「大丈夫」
結は元気に答える。
「スマホ、財布、充電器」
「全部ある」
夫が言う。
「気をつけて行け」
結が振り返る。
「パパ」
「ん?」
「佐川の作ったご飯食べるようにね」
夫が少し呆れる。
「俺は子供じゃない」
結が笑う。
「でも心配」
そして佐川を見る。
「佐川」
「はい」
「パパお願いね」
佐川が微笑む。
「承知いたしました」
結が玄関のドアを開ける。
「じゃあ行ってきます!」
「行ってこい」
「いってらっしゃいませ」
ドアが閉まる。
エレベーターの音が遠ざかる。
少し静かな玄関。
夫も靴を履く。
「さて」
「俺も仕事だ」
佐川が言う。
「お車の準備は整っております」
夫がうなずく。
その時、ふと思い出したように言う。
「佐川」
「はい」
「来月の命日」
佐川が姿勢を正す。
「はい」
夫は続ける。
「もしよかったら一緒に来ないか」
佐川が少し驚く。
「……私も」
夫が言う。
「ああ、来てほしい」
佐川はすぐに頭を下げた。
「参加の許可をいただけるのであれば、是非」
夫はうなずく。
「もちろんだ」
少し間。
夫が言う。
「相馬にも聞く」
佐川が微笑む。
「私からも相馬さんに聞いてみます」
夫が少し笑う。
「……仲がいいな」
佐川が少し照れる。
「いえ」
夫は続ける。
「相馬はな」
少し真剣な顔になる。
「俺の一番信頼できる部下だ」
少し間。
「いや」
首を軽く振る。
「仲間だな」
佐川が静かにうなずく。
「はい」
夫が言う。
「だから」
少し穏やかな声になる。
「もし」
「この家から離れて相馬と一緒になりたいなら」
佐川が顔を上げる。
夫は続ける。
「遠慮なく言え。気にする必要はない」
佐川は少し驚いた表情だった。
そして静かに微笑む。
「……ありがたいお言葉です」
少し間を置いて言う。
「ですが」
夫が聞く。
「ん?」
佐川は首を横に振る。
「まだ、その時期ではありません」
夫が静かに見る。
佐川は続ける。
「結お嬢様がしっかり自立されるまでは、私はここにおります」
夫は少し息を吐く。
「……真面目だな」
佐川が微笑む。
「旦那様に言われたくありません」
夫が苦笑する。
「違いない」
佐川が軽く頭を下げる。
「旦那様もお気をつけて」
夫がドアを開ける。
「行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
静かな朝の玄関。
夫は会社へ向かって歩き出した。




