父と娘の買い物②
マンションのエントランスを出ると、やわらかな初夏の風が頬に触れた。
結が空を見上げる。
「いい天気」
夫も軽くうなずく。
「ああ」
二人は並んで歩き出す。
しばらく歩いていると、結がふと口を開いた。
「パパ」
「ん?」
「なんかさ」
「うん」
結は少し笑う。
「こうやって二人で歩くの、久しぶりだね」
夫が横を見る。
「そうか?」
結はうなずく。
「中学生になってからあんまりない」
「部活もあるし」
「友達とも遊ぶし」
夫は少し考える。
「……そうかもな」
結が笑う。
「今日は久しぶり」
「そうだな」
その時だった。
「あれ?」
声がする。
結が振り向く。
「え、マミ?」
クラスメイトの女子だった。
「結じゃん!」
「なにしてんの?」
結が答える。
「スーパーに買い物!」
女子は夫を見る。
そして一瞬首をかしげた。
「……え?」
結を見る。
また夫を見る。
「……お兄さん?」
夫が少し眉を上げる。
結がすぐ言う。
「違うよ」
「パパ」
女子が固まる。
「えっ!?」
夫が軽く会釈する。
「どうも」
女子が驚いた顔のまま言う。
「え、ほんと?」
「めっちゃ若い!」
結が笑う。
「よく言われる」
夫は苦笑する。
「四十五だ」
「若くはない」
女子が首を振る。
「いや若いって!」
「結のお父さんかっこいいじゃん!」
結が少し照れる。
「はいはい」
女子が笑う。
「じゃあまた学校でね!」
「うん」
「またね!」
女子は手を振って走っていった。
しばらく歩く。
結がニヤニヤしている。
夫が気づく。
「……なんだ」
結が笑う。
「若いって言われて良かったね」
夫が肩をすくめる。
「別に」
「そう?」
結が言う。
「昔からモテモテだったよね」
夫が眉を上げる。
「誰がだ」
「パパ」
夫は即答する。
「興味ない」
結が笑う。
「ほんとそういうとこ」
二人はスーパーの前に着く。
自動ドアが開く。
店内の冷たい空気。
結がカートを押す。
「パパ、材料覚えてる?」
夫はすぐ歩き出す。
「玉ねぎ」
「にんじん」
「じゃがいも」
結が驚く。
「迷わないね」
夫は棚から食材を取りながら言う。
「昔は迷ってたな」
結が笑う。
「ウロウロしてた」
「売り場わからなくて」
夫も少し笑う。
「慣れた」
肉売り場。
「豚肉」
カゴに入れる。
ルーの棚。
夫が迷わず一つ取る。
結が言う。
「甘口」
夫が言う。
「それしか買わない」
結が笑う。
「私もう中三なんだけど、甘口から卒業できない」
夫がルーをカゴに入れながら言う。
「お前のママも」
結が顔を上げる。
「うん?」
夫が続ける。
「カレーはずっと甘口だった」
結が少し笑う。
「そうなんだ」
夫はうなずく。
「辛いの苦手だった」
結が言う。
「じゃあ遺伝だ」
夫が苦笑する。
「かもな」
会計を済ませる。
袋に食材を詰める。
外に出る。
結が袋を持つ。
夫が言う。
「昼はカレー」
「夜もカレーだぞ」
結は即答する。
「全然いい」
夫が笑う。
「飽きないのか」
結が元気に言う。
「カレーは別腹」
夫は小さく息を吐く。
「意味がわからん」
結が笑う。
父と娘は袋を持ちながら、ゆっくり家へ歩いていった。




