妻の面影
窓から朝日が差し込み、リビングが明るい。
キッチンからはトーストの香り。
テーブルには朝食。
「いただきます」
「いただきます」
結はトーストをかじりながら言った。
「パパ」
「ん?」
「来週さ」
「うん」
「修学旅行」
夫はコーヒーを飲みながら答える。
「京都だろ」
結が少し驚く。
「覚えてたの?」
「当たり前だ」
夫は淡々と言う。
「二泊三日」
「学校から資料も来てた」
結は少し笑う。
「ちゃんと見てるんだ」
「親だからな」
結はパンを食べながら言う。
「そうそう」
「二泊三日」
「京都」
夫がうなずく。
「いいところだ」
「行ったことある?」
「何度か」
結は少しニヤッとする。
「パパ」
「ん?」
「寂しい?」
夫は一瞬だけ考える。
そして普通に言った。
「……少し」
結が目を丸くする。
「えっ」
思わず笑う。
「そんな素直に言う?」
夫は平然としている。
「事実だ」
結は笑いながら言う。
「なんか意外」
「そうか」
「うん」
結は少し嬉しそうに言う。
「じゃあお土産買ってくる」
夫は首を横に振る。
「気にするな」
「楽しんでこい」
「修学旅行はそれが一番だ」
結は少し考える。
「でもさ」
「何か買うよ」
「京都だし」
指を折りながら言う。
「八ツ橋」
「あと漬物かな」
夫はうなずく。
「いいな」
そして言った。
「それなら」
結が顔を上げる。
「おじいちゃんとおばあちゃんの分も買ってきてくれ」
結はすぐ答える。
「うん」
「そのつもり」
夫が少し驚く。
「もう考えてたのか」
「当たり前でしょ」
結は笑う。
「ママのお父さんとお母さんだもん」
夫は静かにうなずく。
「……そうか」
少し柔らかい声になる。
「頼む」
「まかせて」
結は自信ありげに言う。
少しして。
結が佐川を見る。
「佐川」
「はい、結お嬢様」
結は少し真面目な顔で言う。
「私がいない間」
「パパお願いね」
佐川が一瞬驚く。
「旦那様を、でございますか」
「うん」
夫がすぐ言う。
「……おい」
結が振り向く。
「なに?」
「俺は子供じゃない」
結はすぐ返す。
「でも」
夫が眉を上げる。
「でも?」
結は笑いながら言う。
「子供みたいなところあるよ」
夫が呆れる。
「どこがだ」
結はフォークを振りながら言う。
「たまに無茶する」
「ご飯ちゃんと食べない」
「仕事やりすぎる」
「あと」
少し考えて。
「寂しがり」
夫が少し言葉に詰まる。
結は笑って言う。
「図星?」
夫はため息をつく。
「……誰に似たんだ」
結はすぐ言う。
「ママじゃない?」
その瞬間。
夫は少しだけ目を細める。
笑い方。
言い方。
その空気。
一瞬、妻の面影が重なる。
夫は小さく息を吐いた。
「……そうかもな」
結は何も気づかずトーストを食べている。
佐川が静かに微笑む。
朝の光の中で。
父と娘の会話は、どこか懐かしい温かさを持っていた。




