過去からのラブレター③
会員制バーの個室。
相馬が静かに立ち上がる。
扉の外にいる店員に声をかける。
「少し席を外してもらえますか」
「かしこまりました」
扉が閉まる。
静かになる。
ジャズの音も、ほとんど聞こえない。
完全に二人だけの空間。
相馬は席に戻る。
夫はテーブルの上の封筒を見つめていた。
十年前の手紙。
妻が残したもの。
夫はゆっくり言う。
「……相馬」
「はい」
「すまないな」
相馬が首を横に振る。
「とんでもありません」
夫は静かに封筒を手に取る。
紙は少し古くなっている。
「……」
指先がわずかに震えていた。
封を切る。
中から一枚の手紙。
夫はゆっくり広げる。
そこには、見慣れた文字。
妻の字だった。
その瞬間。
胸の奥が強く締め付けられる。
夫は息を整えながら、読み始めた。
――――――
10年後の愛するあなたへ
元気にしていますか。
ちゃんとご飯を食べていますか。
笑顔を忘れていませんか。
結とは仲良くしていますか。
結はきっと大きくなっていますね。
あの子は優しい子だから、きっとあなたを支えてくれていると思います。
あなたは仕事を頑張りすぎる人だから、少し心配です。
ちゃんと休んでいますか。
自分の身体を大切にしていますか。
無理ばかりしていませんか。
あなたは強い人だけれど、本当は寂しがり屋です。
だから、どうか一人で抱え込まないでください。
あなたを支えてくれている人はいます。
――――――
夫の喉が詰まる。
グラスの氷が、静かに鳴る。
夫は続きを読む。
――――――
もしあなたがこの手紙を読んでいるなら、
十年経ったのですね。
時間はあっという間でしたか?
それとも長かったですか?
この手紙を読んでいるということは、
どうやらあなたは再婚していないようですね。
ありがとう。
本当は……
ずっと忘れないでほしかった。
――――――
夫の視界が少し滲む。
手紙の最後の行。
――――――
これからも
愛しています。
――――――
夫の手が止まる。
それ以上、読めなかった。
胸が締め付けられる。
言葉が出ない。
夫はゆっくりと手紙を下ろす。
テーブルの上に置く。
そして顔を伏せる。
「……」
何も言わない。
何も言えない。
相馬は黙っていた。
ただ静かにグラスを持ち、酒を一口飲む。
そして待つ。
夫が言葉を取り戻すまで。
部屋の中には、長い沈黙が流れていた。




