過去からのラブレター②
明後日の夜。
都心の静かな通り。
ビルの奥にある小さな扉。
看板はない。
会員制のバー。
扉を開くと、落ち着いた照明と静かなジャズが流れている。
個室の扉が開く。
「社長」
相馬が立ち上がる。
「来たか」
夫がコートを椅子に掛ける。
「待たせたな」
「いえ」
テーブルにはすでにグラスが二つ置かれていた。
「何にしますか」
「ウイスキーでいい」
相馬がバーテンダーに軽く合図する。
ほどなくしてグラスが置かれる。
琥珀色の液体。
氷が静かに音を立てる。
夫がグラスを持つ。
「久しぶりだな」
相馬もグラスを持つ。
「ええ」
軽くグラスが触れる。
カラン。
一口飲む。
夫が息を吐く。
「……うまい」
相馬も静かに飲む。
しばらく沈黙。
夫がグラスを回しながら言う。
「それで」
相馬を見る。
「話ってなんだ」
相馬は少し間を置く。
夫が言う。
「酔う前に聞きたい」
「話が重そうだからな」
相馬が小さく頷く。
「……そうですね」
相馬はジャケットの内ポケットに手を入れる。
そして一通の封筒を取り出した。
テーブルの上にそっと置く。
夫が眉をひそめる。
「……なんだ?」
封筒を見る。
少し古い紙。
夫が聞く。
「これ」
相馬が静かに言う。
「奥様からのお手紙です」
夫の手が止まる。
「……何?」
相馬は落ち着いた声で続ける。
「十年前」
「奥様から預かりました」
夫が封筒を見る。
「……十年前?」
「あの日です」
相馬の声は静かだった。
「奥様は」
「ご自分がいなくなった後のことを」
「私に相談されていました」
夫は何も言わない。
相馬は続ける。
「その時」
「この手紙を託されました」
夫の視線は封筒に落ちている。
相馬は言う。
「条件がありました」
夫が低く聞く。
「条件?」
「はい」
相馬は静かに答える。
「もし社長が」
「再婚していなかったら」
「十年後に渡してほしい」
「そう言われました」
夫の眉がわずかに動く。
相馬は続ける。
「ですが」
「もし再婚していた場合は」
「破棄してほしい」
夫はゆっくり息を吐く。
「……そうか」
相馬が言う。
「ですので」
「私はこの十年」
「この手紙を保管していました」
夫が封筒を見つめる。
「……中身は?」
相馬は首を横に振る。
「知りません」
「開けていません」
夫が少し意外そうに言う。
「見なかったのか」
「はい」
相馬はきっぱり言う。
「奥様が」
「社長に宛てた手紙です」
「私が読むものではありません」
しばらく沈黙。
ジャズの音だけが流れる。
氷が小さく鳴る。
夫はグラスを持ち上げ、一口飲む。
そして封筒を見る。
十年の時間がそこにある。
夫は静かに言った。
「……相馬」
「はい」
「よく持ってたな」
相馬は軽く頭を下げる。
「約束でしたから」
夫は封筒に手を伸ばす。
しかし。
まだ開けない。
指でそっと紙の感触を確かめるだけだった。




