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雨のち晴れ  作者: ありり
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今までも、これからも 〜夫の胸の内〜

その日の夜。


静かな最上階。


寝室のベッドに、俺は一人で座っていた。


シャツの袖を少し捲ったまま。

窓の外には夜景が広がっている。


「……」


静かだ。


この静けさには、いまだに慣れない。


「……一人の夜は」


小さく息を吐く。


「正直、慣れないな」


十年。


時間は確かに流れた。


仕事も。

結の成長も。


すべて進んでいる。


それでも。


夜になると、ふと思い出す。


十年前。


五月十二日。


病室。


白い壁。

静かな機械音。


ベッドに横たわる妻。


その手を、俺は握っていた。


細くなった手だったが、温かかった。


「誕生日だな」


俺はそう言った。


妻は少しだけ微笑んだ。


「覚えていてくれたんですね」


「当たり前だ」


俺は言った。


「何がほしい」


妻は少し考えた。


それから、俺の顔を見て言った。


「……あなたの笑顔」


その言葉に、俺は少しだけ笑った。


たぶん。


ぎこちない笑いだった。


それでも妻は、満足そうだった。


しばらくして。


妻が静かに言った。


「……ありがとうございます」


「何がだ」


「約九年間」


妻はゆっくり言った。


「夫婦でいてくれて」


俺は眉をひそめた。


「急にどうした」


「お礼です」


「いらない」


俺はぶっきらぼうに言った。


「まだ続くだろ」


妻は少しだけ目を細めた。


そして、穏やかに微笑んだ。


「……そうですね」


少し沈黙。


そのあと。


妻はゆっくり言った。


「愛してくれて、ありがとう」


俺は何も言えなかった。


妻は続けた。


「もし」


静かな声。


「もしあなたと結にとって」


「良い女性が現れたら」


俺はすぐに言った。


「やめろ」


妻は優しく続ける。


「迷わず再婚してください」


「……」


「私のことは」


少しだけ笑う。


「たまに思い出してくれれば」


「それでいいです」


その言葉を聞いた瞬間。


胸の奥で何かが強く揺れた。


俺は妻の手を強く握った。


「……馬鹿なこと言うな」


低い声。


「俺は」


妻を見る。


「今までも」


「これからも」


言葉を選ばずに言った。


「唯一愛する女性はお前だけだ」


妻の目が少し揺れた。


俺は続けた。


「お前と」


「これからも一緒だ」


妻はしばらく俺を見ていた。


そして。


静かに微笑んだ。


あの、いつもの微笑み。


そして。


俺の手を、ぎゅっと握り返した。


温かかった。


その感触は——


今でも忘れていない。


「……」


寝室。


現在。


俺は天井を見上げる。


「……あれから十年だ」


結は大きくなった。


今日も笑っていた。


獣医になると言っていた。


「いい娘だろ」


小さく呟く。


「お前に似てる」


少し沈黙。


俺は静かに言う。


「……でもな」


声は低い。


「俺は」


ゆっくりと目を閉じる。


「今も」


「お前しかいない」


それは昔と同じ答え。


そして。


これからも変わらない答え。


「これからも」


静かな夜に言う。


「ずっと」


「お前だけだ」

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