思い出のクリームソーダ⑧
デパートのレストランを出る。
夕方の人の流れ。
エスカレーターの音。
夫と結は並んで歩いていた。
結が満足そうに言う。
「おいしかったね」
「ああ」
夫はうなずく。
「久しぶりだった」
結が笑う。
「また来ようね」
夫も静かに言う。
「ああ」
「また来よう」
エスカレーターで下に降りる。
結がふと思いついたように言う。
「パパ」
「ん?」
「ケーキ買って帰ろう」
夫が少し眉を上げる。
「……まだ食べるのか?」
結はすぐに言う。
「うん」
「家帰ったらまたお腹空くよ」
夫は少し笑う。
「そういうものか」
「そういうもの」
結は得意そうに言う。
夫は軽く息を吐く。
「……そうだな」
「じゃあ買うか」
地下のデザート売り場。
甘い香りが広がる。
ショーケースの中に並ぶケーキ。
結がガラスに顔を近づける。
「わあ……」
夫が聞く。
「どれにする」
結は少し考える。
そして言った。
「ショートケーキ」
「四つ」
夫が聞き返す。
「四つ?」
結は指を折る。
「私」
「パパ」
「佐川」
そして少し微笑む。
「……ママ」
夫は少しだけ目を細める。
「……そうだな」
店員に言う。
「ショートケーキを四つ」
「かしこまりました」
箱が用意される。
結が嬉しそうに持つ。
「帰ろ」
「ああ」
―――――
タワマンの玄関。
扉が開く。
「ただいま」
するとすぐに足音。
「お帰りなさいませ」
佐川が出迎える。
「旦那様、結お嬢様」
結が箱を掲げる。
「佐川!」
佐川が少し驚く。
「はい?」
「ケーキ買ってきた!」
「まあ」
結が言う。
「みんなで食べよう」
佐川は微笑む。
「ありがとうございます」
リビングへ。
テーブルの上に箱が置かれる。
結が箱を開ける。
「じゃーん」
四つのショートケーキ。
佐川が少し驚く。
「四つ……でございますか」
結はうなずく。
「うん」
夫が静かに言う。
「一つはあいつの分だ」
佐川は少しだけ目を細める。
「……そうでございましたか」
結が言う。
「ちょっと待って」
結は棚に向かう。
そして写真立てを持ってくる。
妻の写真。
テーブルの上にそっと置く。
結が言う。
「これでいい」
四つのケーキ。
三人。
そして写真。
結が姿勢を少し正す。
「ママ」
静かな声。
「お誕生日おめでとう」
夫も静かに言う。
「……誕生日おめでとう」
佐川も頭を下げる。
「おめでとうございます、奥様」
結がフォークを持つ。
「じゃあ食べよ」
三人がケーキを口にする。
結が言う。
「おいしい」
佐川も微笑む。
「とても」
夫も一口食べる。
「……うまいな」
結が笑う。
「でしょ」
夫はふと妻の写真を見る。
穏やかな笑顔。
今日一日を思い出す。
墓。
公園。
レストラン。
三つのクリームソーダ。
そして今。
娘の笑顔。
「……」
胸の奥で、静かに思う。
(見てるか)
結は前を向いている。
ちゃんと生きている。
強く。
優しく。
(俺も)
夫はフォークを置く。
そして小さく息を吐く。
(これからも前に進む)
結のために。
そして——
あなたと生きた時間のために。
夫は静かに微笑んだ。
「……また祝おう」
来年も。
その先も。
この家族の形で。




