思い出のクリームソーダ⑦
食事を終えたテーブル。
皿は下げられ、残っているのは三つのクリームソーダだけだった。
氷が少し溶け、泡も落ち着いている。
結がストローで氷をくるくる回しながら言った。
「パパ」
「ん?」
「ママってさ」
夫が顔を上げる。
「どんな人だったの?」
夫は少しだけ考える。
そして静かに言った。
「……しっかり者だった」
結は興味深そうに身を乗り出す。
「そうなんだ」
「ああ」
夫は続ける。
「よく俺のことを見てた」
「仕事で疲れてても」
「すぐ気づく」
「疲れた顔してますよ、ってな」
結は少し笑う。
「パパってわかりやすいの?」
「いや」
夫は首を横に振る。
「普通はわからない」
「お前のママだけだ」
結はクリームソーダを一口飲む。
「ふーん」
夫は少し遠くを見るような目になる。
「……いつも寄り添ってくれた」
「俺がどんな時でもな」
「嬉しい時も」
「大変な時も」
「隣にいた」
少し間を置く。
「ただ」
結が聞く。
「ただ?」
夫は少しだけ笑う。
「頑固なところもあった」
結がすぐ言う。
「え、そうなの?」
「ああ」
「一度決めたら曲げない」
「俺が何言っても聞かない時もあった」
結が笑う。
「パパ負けてたの?」
夫も少し笑う。
「まあな」
「でも」
声が少し柔らかくなる。
「それも心地よかった」
結は不思議そうに聞く。
「心地いいの?」
「ああ」
夫はうなずく。
「ちゃんと自分を持ってる人だった」
少し間。
夫はグラスの中の氷を見る。
「……あれ以上に」
結が静かに聞く。
「うん?」
夫はゆっくり言った。
「あれ以上に愛せる人はいないだろうな」
その言葉はとても静かだった。
結は少し黙る。
夫は続ける。
「……ただ」
結が顔を上げる。
「唯一」
「同じくらい愛するとすれば」
少しだけ目を細める。
「結だけだ」
結の顔が一瞬で赤くなる。
「……え」
思わず目をそらす。
「急にそういうこと言うのやめてよ」
夫は少しだけ笑う。
「事実だ」
結はストローをいじりながら言う。
「なんか恥ずかしい」
「言われ慣れてないよ」
「そうか」
「うん」
結は小さく咳払いする。
「……でも」
少しだけ笑う。
「ありがとう」
夫は軽くうなずいた。
少し沈黙。
そのあと夫が言った。
「今日な」
結が顔を上げる。
「うん?」
「ここに来る前」
「お前の幼稚園に行ってきた」
結が驚く。
「え、ほんと?」
「ああ」
「まだあったぞ」
「園庭も変わってなかった」
結は少し嬉しそうに笑う。
「懐かしい」
夫は続ける。
「そのあと」
「近くの公園も歩いた」
結が目を丸くする。
「あそこ?」
「ああ」
「お前がよく遊んでた公園」
結は少し考えて言う。
「……あんまり覚えてない」
「そうだろうな」
夫は軽くうなずく。
「ママともよく歩いた道だ」
結は少し黙る。
そして言った。
「パパ」
「ん?」
「今度さ」
結は少し笑う。
「私も連れてって」
夫は少し驚いた顔をする。
「公園?」
「うん」
「幼稚園も」
「見てみたい」
夫は静かにうなずく。
「……いいな」
「今度行くか」
結は嬉しそうに言う。
「うん」
そして三つのクリームソーダを見る。
「ママも」
少し笑う。
「きっとついてくるよね」
夫は静かに答えた。
「ああ」
「きっとな」




