思い出のクリームソーダ④
店内は夕方のやわらかな光に包まれていた。
白いテーブルクロスの上に、三つのグラスが運ばれてくる。
シュワシュワと泡の弾ける緑色のソーダ。
上には丸いバニラアイス。
赤いさくらんぼ。
「お待たせいたしました。クリームソーダでございます」
店員が丁寧に並べる。
一つ。
もう一つ。
そして三つ目。
「ごゆっくりどうぞ」
店員が去る。
テーブルの上には三つのクリームソーダ。
結はそれをじっと見つめる。
夫が静かに聞く。
「……三つ」
結はうなずく。
「うん」
そして一つ目のグラスを軽く指さす。
「これ、私」
次にもう一つ。
「これ、パパ」
そして最後の一つに、そっと視線を落とす。
「……これ」
少しだけ微笑む。
「ママ」
夫は何も言わず、そのグラスを見る。
結はストローに触れながら、小さな声で言った。
「ママ」
ほんの少しだけ顔を上げて。
「お誕生日、おめでとう」
その言葉はとても静かだった。
けれど、まっすぐだった。
夫の視線がテーブルに落ちる。
その瞬間。
一筋の涙が、静かに頬を伝った。
結は一瞬、驚いた顔をする。
「……パパ」
けれど、何も言わない。
父の涙を見るのは、二度目だった。
一度目は、あの日。
それを思い出したのか、結はただ黙っていた。
夫は少し顔を横に向ける。
そして小さく息を吐く。
「……悪い」
声は低く、かすかに震えていた。
結は静かに首を振る。
「ううん」
それ以上、言葉はなかった。
二人はしばらく、三つのクリームソーダを見つめていた。
やがて店員が料理を運んでくる。
「お待たせいたしました。ハンバーグセットでございます」
ジュウ、と香ばしい音。
三つの皿が並ぶ。
「どうぞごゆっくり」
店員が去る。
夫はナイフとフォークを取る。
ハンバーグを一口。
ゆっくり噛む。
そして、ぽつりと言った。
「……美味いな」
結は少し笑う。
「でしょ」
「昔も食べたのか?」
「うん」
「ママと」
夫はうなずく。
「そうか」
二人はしばらく静かに食べる。
店内には他の客の話し声と食器の音。
その中で。
結がふと思い出したように言う。
「パパ」
「ん?」
「食べ終わったらコーヒー頼む?」
夫は首を横に振る。
「いや」
「いらない」
「そう?」
「ああ」
夫はグラスの中の緑色のソーダを見る。
氷が静かに揺れている。
「……今日は」
少し間を置いて言う。
「これで十分だ」
その視線は、三つ目のクリームソーダに向いていた。




