思い出のクリームソーダ③
昼過ぎ。
夫が家に戻ると、玄関で佐川が出迎えた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「ああ」
靴を脱ぎながら夫が聞く。
「結はまだか」
「まだお帰りではございません」
「そうか」
その時、ポケットのスマートフォンが震えた。
夫が画面を見る。
「……結だ」
通話ボタンを押す。
「もしもし」
すぐに元気な声が聞こえた。
『パパ?』
「ああ」
『今学校出た!』
「もうか」
『うん。すぐ来れる?』
夫は時計を見る。
「今から出る」
『わかった!』
「正門か?」
『うん、いつものとこ』
「すぐ行く」
『はーい』
通話が切れる。
夫は佐川を見る。
「佐川」
「はい」
「車の鍵」
「すぐにお持ちします」
佐川はすぐに鍵を差し出した。
「お気をつけて」
「行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
夫はすぐに家を出た。
―――
学校前。
夕方のやわらかい光。
校門の前に一人の少女が立っていた。
結だった。
スクールバッグを肩にかけ、スマートフォンを見ている。
そこへ車がゆっくり止まる。
助手席の窓が開く。
「結」
結が顔を上げる。
「パパ!」
助手席に乗り込む。
「待たせたな」
結は首をぶんぶん振る。
「全然!」
「今来たとこ」
夫は軽く笑う。
「それ、よく聞く言葉だな」
「ほんとだって」
結はシートベルトを締める。
「じゃあ行こう」
「ああ」
車はゆっくり走り出す。
しばらく沈黙。
街の景色が流れていく。
結が言う。
「パパ」
「なんだ」
「覚えてる?」
「何を」
「このデパート」
夫は少し考える。
「……結が小さい頃、よく来た」
「うん」
結は少し笑う。
「覚えてるんだ」
「なんとなくな」
やがてデパートに到着。
地下駐車場に車を止める。
エスカレーターで上へ。
レストランフロア。
結がきょろきょろ見回す。
「あった」
指をさす。
「ここ」
そこには昔ながらの洋食レストラン。
夫は看板を見る。
「……懐かしいな」
結が笑う。
「でしょ」
二人は中に入る。
「いらっしゃいませ」
店員に案内されて席に座る。
メニューが置かれる。
夫が手に取ろうとすると、結が言った。
「パパ」
「ん?」
「頼むの決まってる」
「そうなのか」
「うん」
結は笑う。
「パパの分も決める」
夫は少し驚いた顔をする。
「俺のもか」
「うん」
「いいのか」
「いいの」
夫はメニューを閉じる。
「……わかった」
結は満足そうに頷いた。
店員が来る。
「ご注文お決まりでしょうか」
結が言う。
「はい」
少しだけ背筋を伸ばして。
「クリームソーダ三つ」
店員が少し驚く。
「……三つでよろしいですか?」
「はい」
結は続ける。
「ハンバーグセット三つ」
「かしこまりました」
店員が去る。
夫は結を見る。
「……クリームソーダ?」
結はうなずく。
「うん」
「小さい頃」
「ママとここで飲んだの」
夫は少しだけ目を細める。
結は続ける。
「デパート来たとき」
「頼んでた」
「すごくおいしかった」
少し笑う。
「覚えてるの」
夫は静かに言う。
「……そうか」
それだけだった。
けれど声は、とてもやわらかかった。




