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雨のち晴れ  作者: ありり
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思い出のクリームソーダ②

五月十二日。


朝の光がタワマンのリビングに差し込む。


「パパ、行ってくるね」


制服姿の結が玄関で靴を履く。


「今日は早いな」


夫が腕時計を見ながら言う。


「小テストあるし」


「そうか」


佐川がスクールバッグを差し出す。


「結お嬢様、お忘れ物はございませんか」


「大丈夫」


結はバッグを肩にかける。


「佐川、いってきます」


「はい。お気をつけて」


結は振り返る。


「パパ」


「なんだ」


「今日、学校終わったら電話する」


夫は少し目を細める。


「ああ」


「待ってる」


結は小さく笑う。


「じゃあ行ってきます」


「行ってこい」


ドアが閉まる。


エレベーターの音が遠ざかる。


しばらくして、静かな朝。


佐川が夫を見る。


「旦那様」


「なんだ」


「今日はお休みでしたね」


「ああ、少し出かけてくる」


「かしこまりました」


「留守を頼む」


「お任せください」


佐川は深く頭を下げる。


「結お嬢様がお帰りの頃には戻られますか」


「そのつもりだ」


「承知いたしました」


夫は靴を履く。


「行ってくる」


「いってらっしゃいませ、旦那様」


外に出ると、やわらかな春の空気。


夫はゆっくり歩き出す。


街の景色は十年前と少し変わっていた。


だが——


この道は変わらない。


「……ここだな」


幼稚園の前。


小さな門。


園庭から子どもたちの声が聞こえる。


夫は門の外から眺める。


「結、よく泣いてたな」


初めて預けた日。


妻が言った。


——大丈夫ですよ。


——すぐ慣れます。


夫は苦笑する。


「慣れなかったのは俺の方だったかもな」


そこから少し歩く。


公園。


滑り台とブランコ。


十年前とほとんど変わらない。


夫はゆっくり歩く。


「……覚えてるぞ」


あの日。


結が先に走っていった。


そして妻が言った。


——手、つないで歩きたいです。


夫は少し驚いて言った。


——急にどうした


妻は笑っていた。


——たまにはいいじゃないですか


——嫌ですか?


夫はため息をついた。


——……嫌じゃない


そして手を握られた。


柔らかくて、少し冷たい手。


「……あの時は」


夫は空を見上げる。


「照れくさかったな」


公園を抜けると、小さな喫茶店。


十年前から変わらない店。


カラン、とベルが鳴る。


「いらっしゃい」


年配の店主が顔を上げる。


夫は軽く頭を下げる。


「コーヒーを」


「はいよ」


窓際の席。


コーヒーが置かれる。


夫は一口飲む。


「……うまい」


店主が笑う。


「久しぶりですね」


夫は少し驚く。


「覚えてたのか」


「奥さんと来てましたからね」


夫は少し黙る。


「……そうか」


「今日は一人ですか」


夫は頷く。


「命日じゃないですよね」


「誕生日だ」


店主は少し目を細める。


「そうですか」


夫はコーヒーを飲み干す。


「ごちそうさま」


「またどうぞ」


店を出る。


少し歩くと、お寺の門。


静かな境内。


鳥の声。


夫はゆっくり墓の前に立つ。


手を合わせる。


「……久しぶりだな」


静かな声。


「誕生日おめでとう」


風が木を揺らす。


「お前が生きていれば五十二歳か」


少し笑う。


「俺も歳を取るわけだ」


夫は続ける。


「結は元気だ」


「中三だぞ」


「背も伸びた」


「お前に似てきた」


静かな報告。


「俺もまあ、なんとかやってる」


一拍。


「佐川も元気だ」


「相変わらず真面目すぎるくらいだ」


少し間を置く。


「……今日な」


夫は少し笑う。


「このあと結とデートだ」


「デパートだと」


「お前と行ったレストランらしい」


夫は墓石を見つめる。


「覚えてるんだな」


少し風が吹く。


「来月、また来る」


「命日だからな」


少し考えてから、首を振る。


「……いや」


小さく笑う。


「その前にまた来る」


夫は静かに立ち上がる。


そして墓に向かって、ほんの少しだけ微笑んだ。


「じゃあな」

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