思い出のクリームソーダ①
数日後の朝。
窓からやわらかな光が差し込む。
いつもより少し遅い時間。
キッチンからはパンの焼ける香り。
「……今日は静かだな」
コーヒーを飲みながら夫が言う。
そこへ、寝癖の少し残った結がリビングに入ってきた。
「おはよう、パパ」
「おはよう」
結は椅子に座りながら伸びをする。
「ふぁ……」
「珍しいな」
「なにが?」
「お前がこの時間にいるの」
結は笑う。
「今日は朝練ないの」
「そうか」
「たまには休み」
佐川がトーストと卵料理をテーブルに並べる。
「お待たせいたしました」
「ありがとう、佐川」
「いただきます」
三人の朝食が始まる。
結はトーストをかじりながら言う。
「パパ」
「なんだ」
「来月さ」
「うん?」
「十二日」
夫の手が一瞬止まる。
「……ああ」
「その日」
結は少しだけ考えるように言う。
「学校終わったらさ」
「うん」
「一緒にデパート行かない?」
夫は結を見る。
「デパート?」
「うん」
「どうした急に」
結は肩をすくめる。
「たまにはいいかなって」
「部活は?」
「休む」
「大会前じゃなかったか」
「一日くらい大丈夫」
夫は少し考える。
「……まあ」
「いいんじゃないか」
結の顔が少し明るくなる。
「ほんと?」
「ああ」
夫は続ける。
「買い物か?」
「ううん」
結は首を横に振る。
「レストラン」
「レストラン?」
「うん」
「デパートの中にあるやつ」
夫は少し考えてから言う。
「それなら」
ナプキンを置きながら続ける。
「もっと良いところを予約する」
「ホテルでもいい」
「せっかくならちゃんとした店に——」
結はすぐに首を横に振った。
「ううん」
「そこがいい」
夫は眉を少し動かす。
「理由は?」
結は少しだけ視線を落とす。
「……ママと行ったことあるから」
一瞬、静かな空気が流れる。
佐川も手を止めた。
結は続ける。
「小さい頃」
「そのデパートのレストラン行ったの覚えてる」
夫は黙って聞いている。
「だから」
結は少し笑う。
「そこで食べたい」
夫はしばらく何も言わなかった。
そして静かに頷く。
「……わかった」
「予約はいらないだろう」
「うん」
「学校終わったら迎えに行く」
結は少し驚く。
「ほんと?」
「ああ」
「どうせその日は休みだ」
結は嬉しそうに笑う。
「じゃあ決まり」
夫もコーヒーを一口飲む。
「久しぶりだな」
「デパートなんて」
結は笑う。
「子どもの頃よく行ってたの?」
「お前が小さい頃な」
「覚えてない」
「そうだろうな」
結はパンをかじりながら言う。
「じゃあ来月楽しみにしとく」
「ああ」
夫は静かに答える。
朝の光がテーブルを照らす。
十年前とは違う朝。
けれど。
父と娘の食卓は、今日も変わらずそこにあった。




