結4歳の誕生日②
三月三日。ひな祭りの日。
まだ少し眠たい顔で、結が自室のドアを開ける。
その瞬間――
「結、お誕生日おめでとう」
低く穏やかな夫の声。
「おめでとう、結」
優しく微笑む妻。
「お誕生日おめでとうございます、結お嬢様」
佐川が丁寧に一礼する。
結は一瞬きょとんとして、それから思い出したように目を輝かせた。
「……今日、ゆいのおたんじょうび!」
夫がしゃがみ込む。
「そうだ。四歳だな」
結は両手をいっぱいに広げる。
「よんさい!」
「もう四歳なのね」
妻が目を細める。
「早いですね」
佐川が嬉しそうに言う。
「結お嬢様がいらしてから、毎日があっという間でございます」
結は夫に抱きつく。
「パパ、きょうどうぶつえん!」
「ああ。約束だからな」
⸻
朝食のテーブル。
ひな祭りらしく、彩りの良い朝食が並んでいる。
「わあ、ピンク!」
「今日は特別だから」
妻が言うと、結は嬉しそうに手を合わせる。
「いただきます!」
夫も静かに手を合わせる。
「今日はたくさん歩くぞ。ちゃんと食べろ」
「うん!」
佐川がコーヒーを置きながら言う。
「夕飯はわたくしがご用意してお待ちしております」
「ほんと?なに?」
「それは帰ってからのお楽しみです、結お嬢様」
「えー、きになる!」
夫がふっと笑う。
「帰る楽しみが増えたな」
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玄関。
コートを着せてもらい、結がくるりと回る。
「佐川、いってきます!」
「いってらっしゃいませ。お気をつけて」
駐車場。
夫が車のキーを回しながら言う。
「じゃあ、行くぞ」
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車内。
「パパ、はやくー!」
「安全運転だ」
「パパ、きりんってほんとにあんなに大きいの?」
「見ればわかる」
妻が後部座席を振り返る。
「ママも楽しみよ」
「ママも?」
「ええ」
結は満足そうにうなずいた。
⸻
動物園に到着。
平日ということもあり、人はまばら。
「すいてる!」
「ゆっくり見られるわね」
入り口を入ってすぐ、触れ合い体験コーナーの看板。
「うさぎ!やりたい!」
夫が少し眉を上げる。
「ちゃんと優しくできるか」
「できる!」
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体験コーナー。
小さなウサギがかごの中で丸くなっている。
スタッフが説明する。
「優しく撫でてくださいね」
結は真剣な顔でそっと手を伸ばす。
「ふわふわ……」
夫も隣で膝をつく。
「軽いな」
「パパ、やさしく!」
「わかってる」
普段クールな夫が、慎重にウサギを抱いている。
その姿を、少し離れたところから妻がスマホで撮る。
「はい、こっち向いてください」
「ママみてー!」
カシャ。
画面には、ウサギを抱く夫と、その隣で嬉しそうに撫でる結。
妻は微笑む。
「素敵な写真よ」
夫がぼそり。
「そんなに撮るな」
「今日は特別だから」
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キリンのエリア。
結は柵の前で立ち止まる。
「……おっきい」
首をぐっと上げる。
「パパより大きい?」
「当たり前だ」
妻が笑う。
「影も大きいわね」
キリンがゆっくりと葉を食べる。
夫も思わず見入る。
「近くで見ると迫力あるな」
「ママ、あんなに首ながかったらどうする?」
「洗濯物を干すのが大変ね」
結がきゃははと笑う。
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猿山。
猿が元気に走り回る。
「みて!ジャンプした!」
「本当ですね」
一匹が変な顔をしてこちらを見る。
結が指さす。
「あのこ、パパにちょっとにてる!」
「誰がだ」
即座に返す夫。
妻がくすっと笑う。
「確かに少しだけ」
「お前まで言うのか」
結はお腹を抱えて笑う。
「うそだよ!」
春のやわらかい日差しの中。
結だけではない。
夫も、妻も。
三人とも、同じように笑っている。
四歳の誕生日。
その一日は、
穏やかで、あたたかく、確かに家族の時間だった。




