佐川と相馬の誕生日デート
二月、第二土曜日。
少しだけ空気がやわらぎ、春の気配を含んだ朝。
玄関でコートを整える佐川を、結が腕を組んで見上げている。
「さがわ」
「はい、お嬢様」
「……でーと?」
佐川の手が止まる。
「い、いえ。デートではございません」
「ちがうの?」
「お茶を飲みに行くだけです」
結はじっと疑う目。
「ほんとに?」
「本当です」
そこへ妻が穏やかに口を挟む。
「結、今日は佐川はお休みよ」
「うん」
妻は佐川へやわらかな視線を向ける。
「休みなんだから、ゆっくりしてきなさい。今日は何も心配しなくていいから」
佐川は深く一礼する。
「ありがとうございます、奥様」
リビングから夫の声。
「楽しんでこい」
短いが、あたたかい。
佐川は小さく微笑む。
「行ってまいります」
ドアが静かに閉まる。
*
リビングに戻る結と妻。
夫がコーヒーを置きながら言う。
「俺たちもどこか出かけるか」
結がすぐに反応する。
「でぱーと!」
「デパートか」
「くりーむそーだ、のみたい!」
妻も笑う。
「いいわね。私も飲みたいです」
夫は頷く。
「決まりだな」
こちらも穏やかな休日が始まる。
*
待ち合わせ場所。
やわらかな日差しの下、相馬が立っている。
目が合う。
「佐川さん」
「相馬さん」
今日は仕事ではない。
だが自然と背筋が伸びる二人。
相馬が穏やかに言う。
「改めて。十四日、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます。相馬さんは十八日でしたね」
「ええ。同じ二月生まれ」
佐川が小さく笑う。
「同じ年齢、同じ大学、同じ主人に仕え……そして同じ誕生月」
「ここまで重なると、偶然とは思えませんね」
「ええ」
恋人同士ではない。
だが並んで歩く距離は自然だ。
相馬が言う。
「ランチを予約しています」
「え?」
案内されたのは、最高級ホテル内のレストラン。
佐川が足を止める。
「相馬さん、ここは……」
「はい」
「そこまでしていただかなくても」
相馬は穏やかに微笑む。
「こういう時ぐらいしか、お金を使う機会がありませんから」
「ですが」
「遠慮なく」
その言葉に、佐川の胸が少し締まる。
(元夫には……)
誕生日に、こんな風に祝われたことはなかった。
形式だけの言葉。
そこに温度はなかった。
今は違う。
温かみがある。
その事実が、緊張を生む。
*
席につき、ワインが運ばれる。
相馬がグラスを持ち上げる。
「四十七歳、おめでとうございます」
佐川も持ち上げる。
「相馬さんも、おめでとうございます」
「同い年ですね」
「ええ」
グラスが触れ合う。
料理が運ばれる。
話は自然と学生時代へ。
「慶明大学の頃、相馬様はどんな学生でしたか」
「真面目でしたよ。勉強と水泳一筋」
「意外です」
「佐川さんは?」
「……少し、生意気でした」
相馬が笑う。
「想像できません」
穏やかな時間。
笑い声。
春を感じる柔らかな光。
食事を終え、外へ出る。
相馬が空を見上げる。
「このまま、東京タワーへ行きませんか」
佐川の目が少し大きくなる。
「東京タワー……」
「散歩がてら」
佐川はうなずく。
「是非」
並んで歩く。
ふと、佐川の口からこぼれる。
「……まるで、デートみたいですね」
言った瞬間、はっとする。
「失礼いたしました」
相馬が立ち止まり、穏やかに笑う。
「デートです」
「……え」
「私はそのつもりでお誘いしました」
佐川の胸が高鳴る。
まだ恋人同士ではない。
だが。
確実に、距離は縮まっている。
東京タワーが青空に映える。
春の訪れを感じる、穏やかな日。
二人は並んで、その赤い塔へ向かって歩き出した。




