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雨のち晴れ  作者: ありり
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結と妻のバレンタイン大作戦③

二月初旬の朝。


タワマン最上階のダイニング。朝食の片付けを終えた佐川は、エプロンの端をきゅっと握りしめていた。


(……今、申し上げるべきですね)


ソファで書類に目を通している妻に、静かに歩み寄る。


「奥様」


「なに、佐川?」


妻はすぐに顔を上げる。その柔らかな視線に、佐川は少しだけ背筋を伸ばした。


「二月の……第二土曜日なのですが」


「ええ」


「一日、お休みを頂戴してもよろしいでしょうか」


ほんのわずかな沈黙。


だが妻は、間を置かずに微笑んだ。


「もちろんよ」


「……よろしいのですか?」


「ええ。佐川が休みたいと願い出るなんて、珍しいもの」


少しだけからかうような声音。


佐川は視線を落とす。


「私事で、恐縮ですが……」


「理由は聞かないわ」


妻は穏やかに言った。


「しっかり休みなさい」


その一言に、佐川の胸がじんと温かくなる。


「……ありがとうございます、奥様」


そのやり取りを、テーブルの向こうでホットミルクを飲んでいた結が、じっと聞いていた。


「さがわ」


「はい、お嬢様」


結は椅子から身を乗り出す。


「ばれんたいんのひは、いる?」


佐川は一瞬きょとんとする。


「バレンタインデー……二月十四日ですね」


「うん!」


「おりますよ。通常通りでございます」


結は、ほっとしたようにうなずいた。


「そっか」


それだけ言って、またミルクに口をつける。


それ以上は、何も聞かない。


佐川は深く一礼した。


「では、第二土曜日、ありがたく頂戴いたします」


「楽しんできてね」


妻の言葉に、佐川の頬がわずかに染まる。


「……はい」



その日の午後。


控室でひと息ついた佐川は、スマホを取り出した。


相馬さん

第二土曜日、お休みを頂けました。


送信して、数分。


すぐに返信が届く。


ありがとうございます。

私も社長から了承をいただいております。

当日は仕事のことは忘れましょう。


佐川は思わず、画面を二度見した。


(社長から……?)


つまり、旦那様も把握している。


胸がどきり、と鳴る。


楽しみにしております。


そう打ちかけて、少し迷い――


当日はよろしくお願いいたします。


と、控えめに送る。


すぐに既読がつき、


こちらこそ。

佐川さんとお祝いできること、光栄です。


その一文に、思わず息が止まる。


(……覚えて、いらっしゃる)


四十七回目の誕生日。


例年は、奥様とお嬢様がささやかに祝ってくださる、静かな一日。


それで十分だった。


それなのに今年は――


相馬との約束。


佐川はスマホを胸に当て、小さく微笑む。


「……四十七回目、ですか」


静かな人生だと思っていた。


だが今年の二月は、少しだけ違う。


「とても楽しみです」


誰もいない自室で、そっと呟いた。

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