結と妻のバレンタイン大作戦②
同じ日の午後。
キッチンで夕食の下ごしらえをしていた佐川のエプロンのポケットで、控えめな通知音が鳴った。
「……?」
包丁を置き、手を拭いてからスマホを取り出す。
画面には――
相馬
一瞬、まばたきをする。
(相馬さんから……?)
わずかに胸が高鳴るのを感じながら、そっと開く。
佐川さん
いつもお疲れ様です。
二月のどこか休日に、もしご都合がよろしければお茶でもいかがでしょうか。
そういえば、佐川さんは二月生まれでしたよね。
実は私もです。
佐川は、思わず息を止めた。
「……え?」
二月生まれ。
確かに、以前、何かの折に相馬に誕生日を聞かれたことがあった。あの時は何気ない会話だと思っていた。
(覚えて、いらした……?)
そして、続く一文。
誕生月が同じというのも、何かのご縁かもしれません。
佐川は、ゆっくりとソファに腰を下ろした。
「……ご縁、ですか」
小さく、呟く。
年齢も同じ。
出身大学も同じ。
仕える主人も同じ。
それだけでも偶然にしては出来すぎているのに――
(まさか、誕生月まで……)
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
相馬は常に冷静で、無駄のない人だ。
仕事では完璧で、社長の右腕。
けれど時折見せる、あの柔らかな目。
あの人も、二月生まれ。
(……偶然、なのでしょうか)
スマホを握る指先が、少し震える。
画面をもう一度読み返す。
二月のどこか休日。
バレンタインデーとは別日付が、さりげなく提案されている。
仕事とも、社交辞令とも違う。
けれど、決して踏み込みすぎない距離。
佐川は、深く息を吸った。
そして、静かに返信画面を開く。
相馬さん
お誘い、ありがとうございます。
是非、ご一緒させてください。
二月の休日であれば、調整いたします。
一度、文章を読み返す。
(……よろしい、ですよね)
送信ボタンに触れる指が、ほんの一瞬止まる。
それでも――
「……はい」
小さく呟き、送信。
画面に「送信完了」の表示。
胸が、どきり、と大きく鳴る。
キッチンの窓から差し込む冬の日差しが、静かに床を照らしていた。
二月。
バレンタインとは別の日。
それはきっと、仕事でも、義理でもない時間。
佐川はスマホを胸元に軽く押し当て、そっと目を閉じた。
「……二月は、忙しくなりそうですね」
誰にも聞こえない声で、そう呟いた。




