結と妻のバレンタイン大作戦①
一月下旬。
タワマン最上階のリビング。大きな窓の外には、澄んだ冬空。
ソファでタブレットを見ていた妻の横に結が覗き込み首をかしげた。
「ママ、これなあに?」
画面には、色とりどりのチョコレートと“Valentine特設サイト”の文字。
妻は紅茶を口に運びながら、そっと覗き込む。
「バレンタインデーよ」
「ばれんたいんでー?」
結は言いにくそうに、ゆっくり繰り返す。
妻は微笑んだ。
「大切な人に“好き”とか“ありがとう”の気持ちを伝える日よ」
「……すき、って?」
「うーん……だいすき、ってこと」
結の目がぱっと輝いた。
「じゃあ、ゆい、パパにあげたい!」
思いきりのいい宣言に、妻は少し驚き、そして柔らかく笑った。
「パパに?」
「うん! ぱぱ、いつもおしごとがんばってるもん!」
その真っ直ぐさに、妻の胸がじんわり温かくなる。
「そうね……じゃあ、何をあげようか?」
結は真剣な顔で画面をスクロールする。
「これ? でも、これたかそう……」
「ふふ。買うのも素敵だけど――」
妻は少し考えてから、ぽん、と手を打った。
「クッキー、焼いてみる?」
「くっきー!?」
「ええ。手作り」
結はソファの上でぴょんと跳ねた。
「やる! ゆい、やる!」
「でも……」
妻は少し照れたように視線を逸らす。
「実は、私もクッキーを焼いたことがないのよ」
「え?」
「料理はするけど、お菓子は……」
結はにっこり笑って、妻の手をぎゅっと握った。
「だいじょうぶ! いっしょにがんばろ?」
その言葉に、妻は思わず目を細める。
「……うん。結となら、きっと大丈夫ね」
少しして、妻がふと思い出したように言った。
「そういえば――」
「ん?」
「佐川の誕生日も、バレンタインデーと同じ日なのよ」
結は目を丸くする。
「えっ、さがわ、たんじょうびなの?」
「ええ。毎年、控えめにしてほしいと言うんだけど」
「じゃあ!」
結は勢いよく立ち上がった。
「さがわにもあげたい!」
妻はくすっと笑う。
「パパと、佐川に?」
「うん!」
少し考えて、結は小声になる。
「……ないしょにしよ?」
妻も同じように声をひそめた。
「そうね。秘密の作戦ね!」
「ひみつのさくせん……!」
結の目がきらきら輝く。
「パパには、ないしょ。さがわにも、ないしょ」
「ええ。見つからないように、準備しなくては」
「いつやる?」
「佐川が買い物に出ている間がいいわね」
「ぱぱは?」
「パパは……気づいても黙っていそうだけど」
二人で顔を見合わせ、くすっと笑う。
妻は結の頬に触れた。
「大好きな人たちに、ありがとうを伝える日だからね」
結は力強くうなずく。
「ゆい、いっぱい“ありがとう”いれる!」
「では、まずはレシピを探しましょう」
「うん!」
タブレットを挟んで、母娘が寄り添う。
冬の午後の光の中で、二人の小さな“秘密のバレンタイン作戦”が、静かに始まった。




