手付かずの夕食⑪ 〜夫視点〜
一方その頃、俺は家で落ち着かない時間を過ごしていた。
妻から「無事です」と届いてから、最悪の不安は少し薄れた。
それだけで、昨夜から張り詰めていた神経がわずかに緩んだのは確かだった。
無事ならいい。
本心だった。
どこにいてもいい。
今すぐ戻ってこなくてもいい。
まずは無事でいてくれれば、それでいい。
そう思った。
だが、人間は勝手なもので、無事だとわかった途端、今度は別の不安が大きくなっていった。
いつ帰ってくる。
その問いが、頭から離れなかった。
妻は帰るつもりがあるのか。
少し時間を置けば戻ると思っていいのか。
それとも、無事だと伝えただけで、まだしばらく離れるつもりなのか。
何度も携帯を見る。
新しい通知はない。
自分から送るべきかとも思う。
だが、ここで「いつ帰る」と聞くのは違う気がした。
無事だと伝えてくれたばかりの妻に、すぐ次の要求をぶつけるようで、どうしても指が動かなかった。
結局、俺にできるのは待つことだけだった。
家は静かだった。
妻がいないだけで、こんなにも空気が違うのかと思う。
キッチンに人の気配がない。
廊下に足音がしない。
どこにも、あの控えめな存在がない。
ソファに座っても落ち着かず、立ち上がって窓際へ行く。
また携帯を見る。
時間だけが過ぎていく。
無事ならいい、と送ったのは本当だ。
だがそれと同時に、帰ってきてほしいと思っている自分もいた。
今日だろうか。
明日だろうか。
それとも、もっと先か。
もしもう戻る気がなかったら。
もし、帰ってくるとしても荷物を取りに来るだけだったら。
そこまで考えて、胸の奥が冷たくなる。
そんなことになる前に、ちゃんと謝らなければならない。
今度こそ、ごまかさずに向き合わなければならない。
けれど、妻が帰ってこなければ、その機会すらない。
夕方が近づくにつれて、焦りは少しずつ強くなっていった。
無事ならいい。
それは本当だ。
だが、本音を言えば、それだけでは足りなかった。
帰ってきてほしい。
顔を見たい。
話がしたい。
謝りたい。
そう願いながらも、俺はただ携帯を握りしめ、妻からの次の一報を待つことしかできなかった。




