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雨のち晴れ  作者: ありり
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始まる新しい年⑤

――1月3日 朝


玄関。


「いってらっしゃいませ、旦那様」


「ああ」


佐川に見送られ、夫はコートの襟を整える。


「カレー、頼んだぞ」


「はい。奥様とお嬢様が戻られましたら、温めてお出しします」


「……頼む」


エレベーターに乗り込む直前、夫は一瞬だけ振り返る。


「驚く顔が目に浮かぶな」


佐川が小さく微笑む。


「きっと、喜ばれます」


ドアが閉まる。



車内


移動中、夫はスマホを取り出す。


「夕飯は準備してある。帰りは遅くなるから、先に食べていろ」


送信。


数秒後――


妻からの返信。


大きな“驚き”のスタンプ。


夫は思わず小さく笑う。


「……そんなに意外か」


続けてメッセージが届く。


「準備ってどういうことですか?」


夫は短く打つ。


「帰ればわかる」


既読がつき、また驚きのスタンプ。


夫はスマホを閉じる。


「楽しみにしていろ」


窓の外を見ながら、自然と表情が柔らぐ。



夕方・自宅玄関


「ただいまー!」


「ただいま」


扉が開くと、佐川がすぐに出迎える。


「お帰りなさいませ」


結がきょろきょろする。


「パパは?」


「旦那様は、まだお仕事でございます」


結が少しだけしょんぼりする。


「そっかぁ……」


佐川が続ける。


「ですが」


妻と結が顔を上げる。


「旦那様が、夕飯をご用意されました」


「……え?」


妻が目を丸くする。


「あの人が?」


「はい。カレーを」


「パパがカレー!?」


結の目が輝く。


「はやくたべたい!」


妻はまだ半信半疑。


「本当に……?」


「昨日の夜、お買い物をされ、今朝早くからお作りになっていました」


結がぴょんぴょん跳ねる。


「パパすごい!」


「すぐ温めますね」


佐川がキッチンへ向かう。



ダイニング


カレーの香りが広がる。


結は椅子に座りながら落ち着きがない。


「まだー?」


「もう少しよ」


妻はどこか胸がざわついている。


(あの人が……カレーを?)


佐川が皿を運ぶ。


「どうぞ」


湯気の立つカレー。


結がスプーンを握る。


「いただきます!」


「いただきます」


一口。


結の顔がぱあっと明るくなる。


「おいしい!」


「本当?」


「うん! あまくておいしい!」


妻もゆっくりと口に運ぶ。


優しい甘さ。


少しだけ不揃いな具材。


けれど――


「……」


胸が詰まる。


(この味……)


丁寧に作った味。


結と妻のことを考えて、甘口を選んだのだろう。


妻は小さく笑う。


「美味しいわ」


「ママも?」


「ええ」


結は夢中で食べる。


「パパにつくってもらったんだよね!」


「そうね」


妻はスマホを取り出す。


カレーを頬張る結の笑顔。


湯気の立つ皿。


一枚、写真を撮る。


メッセージを添える。


「とても美味しいです。ありがとう」


送信。



会社・夜


会議を終えた夫のスマホが震える。


写真が表示される。


結が満面の笑みでカレーを食べている。


その横で、妻の穏やかな表情。


メッセージを読む。


夫は静かに息を吐く。


「……よかった」


短く返信する。


「口に合ったなら何よりだ」


そして小さく付け加える。


「また作る」



家では。


結が言う。


「パパ、またつくってくれるかな?」


妻は優しく頷く。


「きっとね」


湯気の向こうで、妻は思う。


忙しい夫。

けれど、時間を縫って作ってくれたカレー。


夫もまた、仕事の合間に写真を見ながら思う。


帰る場所があること。

待っている人がいること。


――良い年末年始だった。


それぞれの場所で、同じことを思いながら。


新しい一年が、静かに動き出していた。

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