始まる新しい年④
――1月2日 午後
会議の合間。
夫のスマホが震える。
画面には――妻からの写真。
結が満面の笑みで、祖父母に挟まれている。
少し照れたように笑う妻。
背景は見慣れない、懐かしさのある和室。
夫は静かに画面を見つめる。
「……楽しそうだな」
小さく呟き、指で写真を拡大する。
結の笑顔。
「よかった」
短く返信を打つ。
「無事着いたようで安心した。楽しんでこい」
スマホを閉じる。
「よし」
表情が切り替わる。
「次だ」
⸻
仕事帰り・夜
「旦那様、このままご自宅へ?」
後部座席で目を閉じていた夫が言う。
「……いや。家の近くのスーパーに寄ってくれ」
運転手が少し驚く。
「お買い物でしたら、私が――」
「いい。自分で行く」
車が静かに停まる。
「ここでいい。あとは歩く」
「ですが」
「今日はもういい。先に戻れ」
運転手は一礼する。
「かしこまりました」
⸻
スーパー店内
コート姿のまま、カゴを手に取る夫。
スマホを開く。
「……カレー 材料」
画面を見つめながら、売り場を探す。
「玉ねぎ……人参……じゃがいも……」
一つずつ手に取る。
「肉は……牛か? いや、無難に豚か」
少し考え、豚肉をカゴへ。
カレールーの棚の前で立ち止まる。
「甘口、中辛、辛口……」
(甘口だな)
迷わず甘口を選ぶ。
「……これで足りるか?」
スマホを再確認。
「まぁ、なんとかなるだろう」
初めての買い物袋が、思ったより重い。
⸻
自宅・玄関
「お帰りなさいませ、旦那様」
佐川が出迎える。
その手元の荷物を見て、目を見開く。
「……お買い物、ですか?」
「ああ」
「そのようなこと、私が――」
「いい」
夫は淡々と言う。
「自分でやりたかった」
「ですが……」
「明日の夕飯の材料だ」
佐川がさらに驚く。
「……お作りになるのですか?」
「ああ」
「旦那様が?」
「不満か?」
「い、いえ!」
佐川は慌てて荷物を受け取る。
「お預かりいたします」
「冷蔵庫に入れておけ」
「承知いたしました」
夫はコートを脱ぎながら、ぽつりと言う。
「……カレーだ」
佐川が小さく微笑む。
「お嬢様、喜ばれますね」
夫は何も言わず、わずかに口元を緩めた。
⸻
翌朝・まだ暗い時間
キッチンの灯りだけがついている。
エプロン姿の夫。
包丁を手に、玉ねぎを前にしている。
「……」
ぎこちない手つき。
「こんなものか」
人参を切る。
じゃがいもを切る。
(意外と難しいな)
鍋に油をひき、具材を入れる。
ジュッという音。
「……悪くない」
レシピを見ながら、慎重に進める。
水を入れ、煮込む。
ルーを割り入れる。
とろみが出てくる。
その時。
「……旦那様?」
眠そうな佐川がキッチンに立つ。
「おはようございます」
「ああ」
「何かお手伝いすることはございますか?」
「ない」
即答。
「自分でやる」
「ですが」
「今日は俺の仕事だ」
佐川は一歩下がる。
「……承知いたしました」
鍋から立ち上る香り。
「……良い匂いです」
夫は少しだけ満足げに鍋をかき混ぜる。
「甘口にした」
「お嬢様と奥様のため、ですか」
「当たり前だ」
少し味見をする。
「……うん」
小さく頷く。
「悪くない」
火を止める。
「あいつと結が帰ってきたら、出せ」
「温め直せばよろしいですね」
「ああ」
佐川は静かに言う。
「きっと、驚かれます」
夫は腕を組む。
「驚けばいい」
少しだけ照れたように視線を逸らしながら。
「たまにはな」
キッチンには、優しいカレーの香りが広がっていた。
帰宅する二人を、待つように。




