始まる新しい年③
――1月1日 夜
元日の時間は、驚くほど早く過ぎた。
夕食後、結は夫にもたれかかりながらうとうとしている。
「……眠いなら、もう寝ろ」
「まだねない……」
そう言いながら、目は半分閉じている。
妻がくすりと笑う。
「今日はたくさん歩いたものね」
夫が静かに言う。
「明日から実家だろう」
「ええ。隣県ですし、昼前には着くと思います」
夫は少し間を置いてから言う。
「……ご両親に、よろしく伝えてくれ」
「はい」
「正月に顔を出せなくて申し訳ないと」
妻は首を横に振る。
「気にしないでください。父も母も、あなたの仕事を理解しています」
結が急に目を開ける。
「おじいちゃん、おばあちゃん、はやくあいたい!」
「明日だぞ」
「たのしみー!」
夫はその様子を見て、静かに微笑む。
「騒ぎすぎるなよ」
「はーい!」
⸻
――1月2日 朝
玄関前。
結はすでにコートを着て、落ち着きがない。
「ママ、はやく!」
「まだ時間あるわよ」
「はやくいきたい!」
妻は苦笑しながらマフラーを整える。
「そんなに急がなくても、おじいちゃんたちは逃げないわ」
リビングから夫が出てくる。
今日は遅めの出社予定。
「もう行くのか」
「ええ。昼前には着きたいので」
佐川も玄関に立っている。
「お気をつけて」
結が夫に飛びつく。
「パパ!」
「なんだ」
「おしごとがんばってね!」
夫は一瞬だけ目を細める。
「ああ。頑張る」
「ちゃんとごはんたべてね?」
「……お前は母親か」
結が笑う。
「パパ、さみしくない?」
「……少しはな」
妻が驚いて夫を見る。
夫は淡々と続ける。
「だが、すぐ戻るだろ」
「はい。二日間だけ」
結が手を振る。
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい」
佐川も丁寧に頭を下げる。
「奥様、お嬢様、お気をつけて」
ドアが閉まり、静かな玄関。
一瞬、空気が変わる。
⸻
夫はしばらくその場に立っていた。
「……静かだな」
佐川が控えめに言う。
「旦那様、本日は遅めのご出社でしたね」
「ああ」
夫はネクタイを締め直す。
「二日間か」
小さく呟く。
「その間に、片付ける」
佐川が静かに頷く。
「承知いたしました」
夫は窓の外を見る。
さっきまで結がはしゃいでいた声が、まだ耳に残っている。
「仕事、頑張ってね」
その言葉を思い出す。
口元がわずかに緩む。
「……言われなくてもな」
しかし、心の奥に火が灯る。
守るべきものがある。
帰る場所がある。
「よし」
夫はコートを羽織る。
「行くぞ」
佐川がドアを開ける。
「いってらっしゃいませ、旦那様」
「ああ」
エレベーターに向かいながら、夫は静かに決意する。
二日間。
その間に、できることをすべて終わらせる。
妻と結が安心して帰ってこられるように。
改めて――
今年も、守り抜くと。




